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170124読んだ本&買った本

So-netブログ「××× ネタバレ 最新 画バレ」更新まだかな♪(・ ・。)(。・ ・)まだかな♪

【読んだ本】

小林信彦『アイドル女優に乾杯!~本音を申せば⑩』(文春文庫,2017)所蔵本

「二〇一三年のゴールデン・ウイーク」で、「ゴールデン・ウイークのことは何度か書いたつもりだが、
ひとは読まないか忘れてしまうのだろう。思えば、虚しいことだ。」と述懐してる(;_;) でも、「言論は空しい。
いや、言論だけではない。自分のしてゐる事、文學も芝居も、すべてが空しい。が、それを承知の上で、
私はやはり今までと同じ様に何かを書き、何かをして行くであらう。」と、かの福田恆存でさえ
「言論の空しさ」(『人間不在の防衞論議』[新潮社,1980]所収)を歎きつつ自らに鞭入れてるぞ(^^)
次の「不思議な女優、ジェニファー・ローレンス」と「ジェニファー・ローレンス ふたたび」の2篇は、
「一人の女優を見つけると、彼女が出る全作品を観なければならなくなってしまう。ぼくの欠点であり、
長所(?)かと思う。」ということで、アカデミー賞主演女優賞のジェニファー・ローレンス、そして、
「最近のお宝」であるキャリー・マリガンの出演作品のこと^_^; 「映画は女優で見[ママ]る、と公言
する男が多い。」とし、著者も「本音を申せば」シリーズの2014年分の単行本の書名を『女優で観るか、
監督を追うか』とするわけだが、それなら女は映画を何で観るのかしら(@_@) 「男類による人類の僭称」
(上野千鶴子)の臭いする(..) とまれ、2013年6月第一週分まで読んだ(^^) ← 栞の代わりかよっ(-_-)

松本清張『長編推理小説 雑草群落(上) 松本清張プレミアム・ミステリー』(光文社文庫,2014)

【買った本】

窪田空穂『完本新古今和歌集評釈』上・中・下(東京堂出版,1964-65)

戦前に著された『新古今和歌集評釋』上・下(東京堂,1950)は図書館で参照して、その解釈や鑑賞には
しっくりくるものがあったという印象が(^^) 同書は「千載集より新古今集へかけての代表的歌人の歌を
選び出しての評釈で、選釈に過ぎなかった」(本書上巻の「序」)が、「新古今集の全部を対象とした」
本書を購入するに至った理由は、久保田淳『新古今和歌集全注釈』(角川学芸出版,2011)一巻~三巻で
小生が気になる歌を見てると、本書が再三引用・言及されてたため^_^; 今金欠だしチト高かったけど、
函が古本らしく少々焼けているだけで、中は新品と見間違えそうな美品(゚ロ゚;) マジ買って良かった(T_T)
ちょっと読んだだけの印象だけど、実作者(歌人)の視点も生かされた解釈・鑑賞という感じがした(^^)
大納言経信の「月影の澄みわたるかな天の原雲吹きはらふ夜半のあらしに」は、金葉集にも入ってる
秀歌なのに、「題意」「語釈」「釈」の各項はそれぞれたった1行で、「評」の項も僅か3行と味気ないけど、
「詠みやすきに似て詠みがたい歌である。」という一文が重く感じられた^_^; その一方で、藤原秀能の
「山里の風すさまじき夕ぐれに木の葉乱れてものぞ悲しき」の「評」では「この当時の詩情ではあるが、
思いきった平凡な詠み方である。これが入れられていたのである。」と手厳しい(゚ロ゚;) 左衛門督通光の
「武蔵野や行けども秋の果てぞなきいかなる風か末に吹くらむ」の〈「果て」といい、「末」といって、
漸層的に深めて来るところは、伝統的な修辞法によって、いわゆる幽玄の趣を持ったものとならせようと
しているのである。〉との「評」は、久保田(前掲書の他、新潮日本古典集成、角川ソフィア文庫も)や
石田吉貞『新古今和歌集全註解』(有精堂出版,1960)も解説してなかったから、小生の如きド素人には
勉強になりましたm(__)m ただ、歌人にありがちな恋愛脳(←偏見ですm(__)m)な嫌いもあったけど^_^;

昨夜は20時過ぎには外の気温が氷点下を示していて慌てて湯タンポ増やしたぞ(゚ロ゚;)
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