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170419読んだ本

猫さんの気持ちはさっぱり解らないけれど、鳥さんの気持ちは「忖度」できるということなのか^_^;

【読んだ本】

久保田淳校注『新潮日本古典集成 新古今和歌集』上巻(新潮社,1979)所蔵本

時間があったので、新古今集を摘読(^^) 二条院讃岐の歌番号237「さみだれの 雲間の月の 晴れゆくを
しばし待ちける ほととぎすかな」を、「ほととぎすはさみだれを降らせた雲が晴れて、月が照るのを
しばらく待っていたのですね。雨があがった今、月の光の中で鳴いています。」と本書の現代語訳(^^)
「雨後の月の光とほととぎすの声と、美しいものが取り合わされているのを興じて、ほととぎすも同じ
ことならば美しい月の光の中で鳴こうと、しばらく待っていたのだなと、人間心理に即してほととぎす
の心を忖度したのである。」と久保田淳『新古今和歌集全注釈 一』(角川学芸出版,2011)の語釈に
あるように、「擬人化」(本書)(^^) 特に凝ったところもない歌だけど、ホトトギスに対する親しみ
が感じられて好き(^^) 彼女に限らず、「王朝びと」全般に通ずるものだけどね^_^; また二条院讃岐の
歌番号130の「山高み 峯のあらしに 散る花の 月にあまぎる 明け方の空」の歌意は、「山が高いので
峰を吹く強い山風のために散る花が有明の月を曇らしている、明け方近くの空よ。」と同書にある(^^)
「散る花」で「月」が「曇」ってしまって見えないとは、格調高くスケールの大きい長高体の歌か(^^)
同書「鑑賞」も「女歌としては大きな歌がらの作である。」と評するがフェミちゃんに叱られるぞ^_^;
「・・・下の方から見上げた意・・・」(石田吉貞『新古今和歌集全註解』[有精堂出版,1960])とは
いえ、「散る花」で「月」が隠れちゃうなんて、高さ的に無理があるだろ、と思ったのだが、窪田空穂
『完本新古今和歌集評釈』上(東京堂出版,1964)の語釈の〈「月」は明け方の低くなっている月。〉
から「明け方の空」に込められた意に気付いた^_^; 大らかな詠いっぷりに目が行きがちだけど、実は
よく作り込まれた歌でもあると理解(^^) 「落花を曙の薄明のうちに見るのは、当時愛されていた心で
ある。また、自然を広く捉えようとするのも、当時の心である。さらにまた、静的よりも動的なところ
に趣を感じるのも当時の風である。この歌はそのすべてを持っている。山近いあたりの明け方の空の
静かさに、にわかに嶺の嵐を起こし、落花で、月光の曇る瞬間を捉えているのは、その静を動として、
また色彩的にするゆえんである。当時の好尚を集め来たった感のある歌である。」と、窪田の評が解き
明かすように、いかにも新古今集らしい絵画美、てゆーか、映画のワンシーンのよう(^^) 〈本来雪や
霧・霞などの天象に関していう「あまぎる」を用いたのは、「散る花」を暗に雪に見立てているからと
考えられる。〉と本書の鑑賞注にはある(@_@) 「山が高いので、烈しく吹く峰の山嵐に花が散り、その
花吹雪が月を曇らせている明け方の空」という現代語訳にも活かされてる、この指摘は、久保田淳訳注
『新古今和歌集』上(角川ソフィア文庫,2007)には勿論、『新古今和歌集全注釈 一』(角川学芸出版,
2011)にも載ってない(@_@) こーゆーのがあるから、わざわざ本書も買い求めたわけだけど、この歌は
春歌、しかも春歌下に入っているのだから、「暗に雪に見立てて」と言われるとチト違和感もある^_^;

愉しい読書タイムも終了(;_;) 余計な仕事を作ってくれた2名のナントカにつける薬がほしい(-"-)
タグ:古典 和歌
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コメント 2

ぽちの輔

私には鳥さんの方が難しいかも^^;
by ぽちの輔 (2017-04-20 07:04) 

middrinn

ですよねぇ~(^^)
ぽちの輔さんは、あんな可愛い猫さん達と
生活されてますもんね(^^)

by middrinn (2017-04-20 20:24) 

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