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160831読んだ本

我慢できずガンダムUCのCD予約しちった^_^; ←CDプレーヤー持ってないのにかいヾ( ̄o ̄;)オイオイ

【読んだ本】

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

猿丸大夫の歌の「伝承」の項には、「この歌については妙な伝えがあって、豊臣秀吉が、連歌の席で、
/奥山に紅葉蹈み分け鳴く螢/とやった。一座が失笑しかけると、細川幽斎が、脇句を付けた。/
しかとは見えぬ杣のともしび/どうも主従なれ合い臭いとの評判だ。」とある^_^; 予め示し合わせた
と評してるけど、幽斎の歌人としての力量を低く見過ぎかもよ(@_@) 森銑三『偉人暦』下(中公文庫,
1996)の幽斎の項には、「定家卿は午の歳生れで、八月二十日(仁治二年)に歿した。幽斎も午の歳で
また同じ月日に逝いた。二人とも歌人だ。世上では幽斎の歿後、玄旨法印は定家卿の生れ変りだった
と沙汰をした。そして松永貞徳も、またこの俗説を信じていた一人だった。」とあるし^_^; ところで、
この「妙な伝え」については、別ヴァージョンもあるみたい(@_@) 杉本苑子の『はみだし人間の系譜』
(中公文庫,1996)所収の「螢が鳴いた」が紹介している(^^) 秀吉が「奥山に紅葉を分けて鳴く螢」と
「得意満面」に詠み、「この珍妙な句を懐紙に書きとめておけと命じる。」のだが、連歌師で名高い
里村紹巴は「失礼ながら季が秋と夏、混ぜこぜですし、それに蛍は鳴きません」として承服しない^_^;
激高した秀吉によって「あわやお手討ちとなりかかる寸前」、ちょうど同席していた細川幽斎が「いや、
蛍も気分次第では鳴くようです。こんな古歌がございます」と2人の間に割って入って披露したのが、
「むさし野の篠を束ねて降る雨に蛍よりほか鳴く虫もなし」(@_@) 秀吉は「ほうら見ろ。螢だって鳴く
じゃないか」と踏ん反り返ったというのだが、この歌は幽斎が「即席にでっちあげた歌」とのこと^_^;
たまたま用を足しながら読んでた三浦一郎『世界史こぼれ話 5』(角川文庫,1976)にも、3人による
別の連歌の逸話が載ってたし、他にもありそうだから、全て集めたら一冊分ぐらいになったりして^_^;

村松剛『教養としてのキリスト教』(講談社現代新書,1965)所蔵本

衝動的に昨日CDラジカセ(?)購入したもん<( ̄^ ̄)>エッヘン ラベック姉妹を聴くのは何十年ぶり(^^)
タグ:古典 和歌
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160830読んだ本

狙ってた漫画が一気に値下げしたけど迷ってたら買われちゃった(;_;) 今後は躊躇わずポチるべし(-_-メ)

【読んだ本】

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

まだ石田吉貞『百人一首評解』(有精堂出版,1956)の言う「古今時代」の歌人に入ったところだけど、
本書の「伝承」の項は、勿論、川柳の紹介だけではない^_^; 柿本人麿の「あしびきの・・・」の歌では
「人まろはいつか人まるとなった。そして、ヒトマル(火止る)だからというので、防火の神となり、
また、ヒトウマル(人生る)だからというので、お産の御守護もしてくれるようになった。」由(@_@)
ただ、この歌の「評註」において「今のわれわれの頭にある人麿から考えると、この程度の歌が撰者に
よって人麿の代表歌とされているのはふしぎであるが、歌は書物によってよまれるのだけが伝承方法
ではなかった。」とあるが、石田は「人麿の多くの傑作の中から、特にこのような歌をぬいたことを
怪しむものもあるが、この歌をぬいたところにこそ、『百人一首』を撰んだ定家の態度がうかがわれる
のである。『百人一首』は決して傑作集ではない。古註が言葉をきわめてこの歌をほめているのを、
近ごろの人の中には笑おうとするものがあるが、それこそ、このような歌のよさを解し得ない笑わる
べき目の低さである。」とバッサリ^_^; この名著は講談社学術文庫、ちくま学芸文庫とかに入らない
のかね(@_@) なお、この歌の序を「・・・オ段音の、細いすべらかな、しかも悠揚せまらざる連続が、
声調的にいかにも長い長い感じをともなってひびいて来る。」云々と石田が「鑑賞」で述べてるのは、
池田の後段部分に通じるのかもね(^^) やはりと言うべきか、本書は各歌の解釈・鑑賞が弱いかな^_^;

村松剛『教養としてのキリスト教』(講談社現代新書,1965)所蔵本

理は此方にあるとはいえ仏滅だし躊躇してたら電話があって懸案だった年金問題はとりあえず解決(^^)v
タグ:古典 和歌
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160829読んだ本

数年前までは筆忠実だったのに・・・8月も終ろうとしてる今頃になってやっと残暑見舞いが書けた(..)

【読んだ本】

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

石田吉貞、島津忠夫2冊、安東次男の計4冊を例によって参照しながら毎日チョビチョビ読んでる^_^;
巻頭の「百人一首への誘い」に曰く、〈実をいうと、日本の詩歌の中でも、短歌はもっとも早く、文学
らしい文学になったのであるが、同時に一般の民衆は、これを「文学」とはかかわりないものとしても
受け入れている。すなわち、その受容は、必ずしも常に、「文学的鑑賞」あるいは「芸術的感動」の
対象として、これに接しているわけではない。純粋に、文学的意識によって創作されたものであっても、
民衆は、その自然描写の叙景歌に、自然の運行の知識を得ようとしたり、自然の摂理といったものを、
読みとろうとしたりしているし、また、その人事を主題とした抒情歌には、作者の狙った効果とは関係
なしに、世間の道理、人生の哲学、処世の知恵を求めようとしている。そういう読み取り方を好んで
しているのである。〉(^^) しかも「・・・正月の年中行事としてのあそびごとを通じて、百人一首は、
民衆の情操をつちかい、日本人の教養の一端を形成した、と言えると思われる。」から、「百人一首の
場合は、こういう、民衆への浸透・普及の歴史が、いちばん大事な問題・・・」となる由(^^) 従って、
各歌の解釈や鑑賞ではなく、「伝承」の項に本書の特色はあり、各歌の「原作者をおいてけ堀にし」た
「勝手な受け取り方」等々が紹介されてる(^^) ただ、その末尾の本書の成り立ちを述べた件になると、
〈しかし、すべての「伝承」を加えるということになったら、この書ははなはだ膨大なものとなること
だろう。〉と予防線が張られてて、まだ読み始めたばかりだけど、期待外れなところも正直あった^_^;
今のとこ、百人一首の配列をネタにした川柳の紹介が多いからね^_^; 「秋濡れた衣を夏の山で乾し」
(天智天皇の次に持統天皇)、「白妙の中に山鳥おりるなり」(持統天皇と山部赤人の間に柿本人麿)、
「奥山と香具山の間に富士の山」(柿本人麿と猿丸大夫の間に山部赤人)は、たしかに、とは思う^_^;
でも、大伴家持の「かささぎの・・・」の歌の「伝承」では、百人一首には螢や蛙が出て来ない、虫も
「きりぎりす」(こおろぎ)だけ云々と述べられた後、鳥は「春の鶯も、秋の雁も出て来ないのだから
ふしぎだ。」と続けられると、ナルホドと思わされた(^^) その川柳として「鶯の初音はきかぬ小倉山」
「百人ながら鶯に気がつかず」「百人ながら法華経は読まぬなり」「百人にかりはないよと定家卿」等
が紹介され、笑った^_^; 税込54円で買ったから、今のとこ充分すぎるぐらい元は取れそうな内容(^^)

村松剛『教養としてのキリスト教』(講談社現代新書,1965)所蔵本

陽射しが強くなり路面も乾くと、東の空が曇ってきて雨が降り出す・・・の繰り返しでやんぬるかな(+_+)

タグ:古典 和歌
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160828読んだ本

今日は少し肌寒いし、雨は止んだけど、台風10号の接近を控えて、もしかしたら嵐の前の静けさか(+_+)

【読んだ本】

杉本苑子『太閤さまの虎』(中公文庫,1995)所蔵本

「嫌じゃの於六どの」「菊若の茶入れ」の2篇を読んで本書も読了したけど、池波正太郎じゃないが、
まんぞく、まんぞく(^^)v 先ず「嫌じゃの於六どの」は、「佐渡どの雁どの於六どの」とまで言われた
家康の側室「於六」(お六・養源院・養儼院)を描く歴史小説(^^) 「嫌じゃ嫌じゃ、は、於六の口癖
であ」り、表題の如く人々が「かげでこっそり」彼女のことを呼んだのも、また前記表現も「こそこそ
譏った。多分に嘲弄の気味が含まれている。」由^_^; 今月17日に詳述した永井路子『戦国おんな絵巻
歴史よもやま話』(光文社文庫,2004)は、この前記表現を「晩年の家康が愛した三つのもの」として、
家康の側室を分類した「愛玩用の少女~晩年をなぐさめたティーンエイジャーたち・お梅・お六ほか」
で紹介してる^_^; 杉本も於六のことを「冬は炬燵代り、夏は昼寝の枕代りに使いたいだけじゃでな」
と家康に語らせてる^_^; ネタバレ防止のため意味不明にメモるけど、喜連川義親は、永井が「誤伝」
とする喜連川国朝の弟である頼氏の長男(^^) にしても、この作品の於六は、一昔前の言葉で言えば、
ギャルだな^_^; 永井の「日光で頓死したおかげで、お六は永久に、誰よりも家康に近いところに眠る
ことができたのです。」という記述が本作品の結末の可笑しさをヨリ味わい深いものにしてくれる^_^;
縄田一男は「解説」で本書を「戦国期の権力者と個人の関係を描いた諸作と、戦国奇譚ともいうべき
作品の二本立て」とするが、前者は個々の作品評が深読みな気もする(..) また、「三方原ののう戦記」
「さそり沢奇譚」「嫌じゃの於六どの」「菊若の茶入れ」の「四作はいずれも一種の戦国奇譚ともいう
べき体裁が取られている。」と評した上で、更に「結末の於六の死に方に人智を越えたところがあり、
奇譚といえば奇譚だが、・・・」とするのは、むしろ逆で、「奇譚」とされてる頓死を(真実かどうか、
説得力があるかどうかは別に)著者は「人智」で謎解きしちゃってるじゃん(@_@) 「菊若の茶入れ」は、
主人公が美濃の岩村城主の「遠山内蔵助友通」(景任)に嫁いだ信長の叔母「お津也」(おつや)で、
大好きな「秋山伯耆守春近」(信友)も活躍するけど、「高遠の居城」とか「勇猛」等の秋山のキャラ
設定と結末が、新田次郎の『武田信玄』『武田勝頼』に馴染んでいる人間にはチト違和感が残るね^_^;
主人公の「身内にうずく残忍な快感に、うっとりと酔ってもいたのである。」等といった描き方から、
信長一族には残忍残虐な血が流れているとの認識なのかしら^_^; お市の3人の娘もそうなのかな(..)

村松剛『教養としてのキリスト教』(講談社現代新書,1965)所蔵本

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

例のコンディション説明なしの新規出品者、依然フィードバックがゼロなのに値上げしちゃったよ^_^;
タグ:小説 歴史
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160827読んだ本

調剤薬局もコンビニより数が多いせいか、昨日の皮膚科受診後はドリンク・サービスの上に粗品まで^_^;

【読んだ本】

杉本苑子『太閤さまの虎』(中公文庫,1995)所蔵本

「けふもすぎもと あすもすぎもと」と化してる当ブログだけれど、続いて、短篇「北野大茶湯余録」
をダルくて無気力も何とか読んだ^_^; 「北野大茶湯余録」は、秀吉が開いた北野天神での大茶会へと
向かう3人が、上京の道すがら知り合い一緒に参加する話なのだが、結末の半分は予想通りの展開^_^;
この北野大茶会[きたのだいさのえ]開催についての「お触れ書」には、次のような項目もあった由、
曰く「大茶湯などというお催しを思い立ったのも、茶好きの貧乏人どもの、貧しいながら風流を愛する
心ざまを、不憫と思召した結果ゆえ、そのお情けを無にして北野へ参らぬような罰当りなやつばらは、
こののち茶はおろか焦がしすら点てることまかりならぬ。彼らに招かれて、茶寄り合いをした者も
同罪と断ずるぞ」と^_^; まさに「ご憐憫の押し売り」で、刀狩令みたい(-_-) 参加を強制しといて、
日程短縮してるし(-"-) 気になるのは、この項目に実効性はあったのかしら(..) なお、同触書に関し、
本書所収の「書きこぼし宗湛日記」でも、「茶湯好きならば身分は問わぬ。日本人は申すに及ばず、
唐国の者までまかり出でよ」という項目を紹介し、その中の「唐国」に要注目と指摘されていた(@_@)

村松剛『教養としてのキリスト教』(講談社現代新書,1965)所蔵本

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

雨なのに御苦労様も晴天時の如く配達予定郵便物数通を片手に運転してるから封筒の中まで濡れてた(+_+)
タグ:小説 歴史
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160826読んだ本

「買ってよぉ~明後日も良い子にしてるからさぁ~」と強請る幼児を昔見たが立派な大人になれたかな^_^;

【読んだ本】

杉本苑子『太閤さまの虎』(中公文庫,1995)所蔵本

「太閤さまの虎」「さそり沢奇譚」の2篇を読む(^^) 「太閤さまの虎」は、営業面の理由で表題作に
選ばれたのかしら^_^; 太閤秀吉に「朝鮮国から贈られた一匹の虎」が「通常の餌は馬肉の切り身だが、
五日に一度ほどの割合で生き餌を与えなければ、本来の勇猛さを失ってしまうと使節に注意されて、」
「近畿一円の一般民家」に対して出された「よし、犬を狩り集めて檻に放せ」との「命令」が発端^_^;
二転三転する悲劇になるのだが、後先考えない自らの言動が招いたことなのに身の不幸を歎くガキには
最後までイライラ^_^; 「さそり沢奇譚」は、非常に面白い小説を拵えてて、これを表題作にしてたら、
春陽文庫のラインナップに入ってそうな作品(^^) 著者は講演等で地方へ行くと、よく市の観光課職員、
教育委員、郷土史家によって史跡を案内される由^_^; 「北陸のT市」でも「城址」を案内された後で、
そこで起きた「怪事」について書かれた『英瑞院殿御一代始末記』 なる古文書のコピーを提供されて、
「現実に、こんな奇怪な話が起こったのだろうか?」と半信半疑だったけど、「小説ふうに書き直して
ご紹介する」という構成^_^; 日本にいないはずの蠍が繁殖してたというのだから、「腑に落ちない」
のも当然だが、「わずか半日のあいだに、当主たるべき人のことごとくが死に絶えるという異常事態」
を描き切る(^^) 縄田一男が本書の「解説」で「・・・私などは作品集『夜叉神堂の男』があるだけでも、
杉本苑子は第一級の怪談作家だと思っているので、本作も大いに楽しめた。」とあり、同意したいけど、
『夜叉神堂の男』については別ブログに書いたのを読み直してみても、あの書き方だとどんな作品か
思い出せたのは数篇しかない(+_+) とまれ、本作品はメチャ面白かった(^^) 蠍みたいな毒婦だし^_^;
なお、この古文書は存在し、この「怪事」は本当にあったのか(..) 著者による絵空事なら凄いな^_^;

村松剛『教養としてのキリスト教』(講談社現代新書,1965)所蔵本

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

コンビニより歯科開業医の方が全国的に多いと記憶するが、地元にも歯科が更にオープンするみたい^_^;
タグ:小説 歴史 奇談
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160825読んだ本

大安なのに朝からOutlookが使えず、ほぼ丸一日潰れてしまった(+_+) もう疲れたよ、パトラッシュ(;_;)

【読んだ本】

杉本苑子『太閤さまの虎』(中公文庫,1995)所蔵本

続けて読んだ短篇「書きこぼし宗湛日記」は、非常に興味深かった(^^) 山田芳裕『へうげもの 2服』
(モーニングKC,2006)で、本能寺の変の前夜に神谷「宗湛」と名乗って、「会見のために剃髪した
甲斐がありました」と告白してるのは史実に即してないのだな^_^; この作品は『宗湛日記』もしくは
『宗湛筆記』に書き落としたり書けなかった「本音本心」を「今宵、せがまれるまま、そなたに語って
聞かせる話」という、いかにも小説らしい構成になっているとともに、著者が見立てた人間関係(利休
とは「同じ天を、倶に戴けない宿敵同士」だけれど「他の何者にもまさる〝知己〟」でもある)や時代
の流れ(堺から博多へ)等々を盛り込んでて、メチャ面白く読めたわ(^^) 読売新聞社編『茶人物語』
(中公文庫,2012)にも「神谷宗湛~本能寺から脱出」が出てるけど(なお、火坂雅志『豪快茶人伝』
[角川ソフィア文庫,2008]は2008年11月読了で面白かったが未所蔵^_^;)、桑田忠親『本朝茶人伝』
(中公文庫,1980)が、『宗湛日記』高桐書院も出してるだけあって、神谷宗湛を詳しく書いてた(^^)
同書は「利休門下の茶人」とするが、杉本はあくまでも「商人」で「・・・茶を身すぎの種にする危険を、
予感していたおかげで、わたしは茶を好きながら茶湯者にならず、権貴お抱えの茶頭[ちゃがしら]
にもならなかった。自分ひとりの楽しみにとどめ、むしろ権力者に取り入るさいの、社交の手段と割り
切って、茶を利用してきたとさえ言える。」と語らせる(^^) たしかに、「『宗湛日記』を繰ってると、しかし、
宗易どのの茶会にわたしが招かれたのは、それ[天正15年に大坂城で「宗易どのとの初対面」後の
「正月、初の大茶会」]から以後天正十九年の断罪であの人が死ぬまでの四年間を通じて、わずか
四回という少なさだし、わたしが宗易どのを招いたことも、ついに、ただの一度もない。」とあるが、
弟子達が利休から茶会に招かれたり、逆に利休を招いたりした回数はどれくらいだったんだろう(@_@)

村松剛『教養としてのキリスト教』(講談社現代新書,1965)所蔵本

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

予定してたこと、ほとんど出来なかった(+_+) 何かいいことないかしら(..)
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160824読んだ本

朝から不愉快なことや気になることがあって今日が仏滅だったことを知り、おとなしく過ごすことに(..)

【読んだ本】

杉本苑子『太閤さまの虎』(中公文庫,1995)所蔵本

本書は、「粥と錦」「三方原ののう戦記」「書きこぼし宗湛日記」「太閤さまの虎」「さそり沢奇譚」
「北野大茶湯余録」「嫌じゃの於六どの」「菊若の茶入れ」の8短篇の歴史小説・時代小説から成り、
先ず「粥と錦」「三方原ののう戦記」の2篇を読んだ(^^) 「粥と錦」は、太閤秀吉と同郷の出身で、
「松の丸どの」の召使いになった女性主人公の「幼な友だち」の男が小才は利くけど裏目に出て周囲に
大迷惑をかけまくる話(-_-) 三成みたいな痛い奴で、たしかに秀吉の斑気や癇癪も酷いけど、その怒り
にも一理あるから、ヨリ小才感(-"-) そんな奴に同情する女は・・・^_^; 次の「三方原ののう戦記」は、
三方原合戦直後の浜松城と野田城の攻防戦を舞台とした作品だけど、主人公は「ののう巫女」という
「男禁制の女人国」とされてる「弥津村の巫女たち」の一人で、「鼻っぱしの強さばかりは一人前」の
諜者^_^; この「ののう巫女」は「関所は手形なしで通れるし、荷物も馬借がただで運んでくれるけど、
その代り精進潔斎、牡犬の頭をなでるのさえ、ご法度」(@_@;) ただ、「忍者ではない。生霊、死霊
を招きよせる憑りましのご神体、神おろしのさい打ち鳴らす梓弓、樒[しきみ]の葉、浄水を入れる
土器[かわらけ]、灯明皿など、祈禱に必要な法具いっさいを納めた外法箱を肩にして、巫女たちは
全国に散り、その耳と目で情報を集めて冬、信濃路が雪にとざされる前に弥津村へ帰り、ののう頭の
千代女房にそれを告げる。分析整理して、中でも重大と思える情報だけを、さらに於千代が信玄に
提供するという仕組みになっていた。」(@_@) 「ののう巫女」のことは全く知らなかったので検索したら、
「歩き巫女」とか色々とヒットして、ちょっと興味を持ったもんだから、ついメモってしまった^_^;

村松剛『教養としてのキリスト教』(講談社現代新書,1965)所蔵本

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

なーんか気分が乗らないし、本は読んでもブログに書く気がしないから、今日が最期になったりして(..)
タグ:小説 歴史
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160823読んだ本

「百人一首で遊ぼう(厳選50首)」を笑う人は各歌人の最高傑作を百首集めたと思い込んでるのかな^_^;

【読んだ本】

ミッチェル・スミス『エリー・クラインの収穫』(新潮文庫,1992)所蔵本

メッチャ小さな活字で647頁あるも読了(^^) カバー&本体に「主要登場人物」一覧あるけど、その数、
26人(@_@;) しかも「主要」(+_+) でも、もう少しで結末というところで記憶にない名前が登場して
パニクった際、役に立った(作中ずっとファースト・ネームで呼ばれてた人が突然ファミリー・ネーム
で呼ばれたものだった)^_^; 犯罪や警察小説に興味ないけど(でも、逢坂剛の禿鷹シリーズは好きで、
文庫本で全て揃えてる)、非常に面白く読めた(^^) 最初の方でニューヨーク市警の幹部連中の会話が
チンプンカンプンで挫折しかかったけど、その後の挿話的な不良・悪徳警官が為出来す悪事は笑えたし、
本筋の事件も展開し始めて、読むスピードもどんどん急加速して一気に読み終えちゃったわ^_^; ただ、
物語が進むにつれ、本筋の事件の裏事情による捜査妨害工作が過激化する一方、そんな裏事情が
本当に存在したのか疑わしく思えてくるほど希薄化していくのが珠に瑕^_^; 「日常の勤務はそつなくこなし、
頭もよく、まじめで、正直で、ただ非常時には頼りにならないという」、現場の警察官には向いてない
そこそこ美人なバツイチ女性刑事が主人公で、リアリズムというか、自然主義(←古いね)というか、
その日常生活の現実(エロやシモまで)が赤裸々かつ微細に描かれちゃってる(@_@;) この主人公で
続篇が出てたら読むかもしれないけど、『ストーン・シティ』上・下(新潮文庫,1993)は未読のまま
死蔵となりそう(-_-) なお、最初の方の会話のシーンで話が飛んでるとしか思えない箇所があったが、
外国小説に読み慣れてないから、そう感じたのか、翻訳の際に欠落したようにも思えるのだが・・・(..)

村松剛『教養としてのキリスト教』(講談社現代新書,1965)所蔵本

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

本来の目的(金券ショップで切手購入)も達成したので、街まで出たのに珍しく一冊も買わずに帰宅(^^)
タグ:海外 小説
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160822読んだ本

今日は個人的には一番笑える「どっちが勝つか三代目!」だけど、台風情報でL字型画面になりそう(..)

【読んだ本】

杉本苑子『橋のたもと』(集英社文庫,1992)所蔵本

「ギヤマンの櫛」「南畝ゆめの記」「橋のたもと」の3篇を読んで本書読了(^^) 「ギヤマンの櫛」は、
読み終えると、例によって、苦~い後味の作品だったな^_^; 「南畝ゆめの記」は、蜀山人大田南畝の
修羅の如き晩年の家庭・家族を描いた短篇歴史小説^_^; 「橋のたもと」は、表題作になるだけあって、
一頭地抜けてる好短篇で(他の収録作品が好短篇に非ず、という意では勿論ない)、このような結末も
余韻嫋嫋で好い(;_;) 以上、どの作品を読んでも、磯貝勝太郎の「解説」にもあるように、この著者の
「小説巧者」「ストーリーテラー」ぶりを実感(^^) 磯貝が杉本作品の「特色」の一つに、「・・・人間の不変性
という視点から描かれている・・・」と指摘した上で、「・・・人間には人間であることにおいて、時代を超越
している不変性がある。愛欲や金銭をめぐる葛藤、あるいは、善意だけではなく悪意や悪巧みをふくむ
人情のみにくさといったものは、未来永久にわたって変わらない。」と論じているけど、初めて杉本作品
(『滝沢馬琴』)を読んだ際、「登場人物、特に女性が現代人みたいな感じがした」のが氷解(^^)

  http://yomunjanakatsuta-orz.blog.so-net.ne.jp/2015-08-05

ミッチェル・スミス『エリー・クラインの収穫』(新潮文庫,1992)所蔵本

村松剛『教養としてのキリスト教』(講談社現代新書,1965)所蔵本

寝苦しさの程度を目覚めた時の寝間着のボタンの外れ具合で「寝苦しさ2個」などと記録することに^_^;
タグ:小説 歴史
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