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161130読んだ本&買った本

お金ないのに我慢できず本を買ってしまう我が身を省みて「ヤマトタケシの歌」を口遊んでる(;_;)

【読んだ本】

久保田淳『新古今歌人の研究』(東京大学出版会,1973)

井上宗雄『平安後期歌人伝の研究』(笠間書院,1978)

石田吉貞『藤原定家の研究[改訂版]』(文雅堂書店,1969)

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

【買った本&読んだ本】

みなもと太郎『風雲児たち~幕末編 28』(リイド社SPコミックス,2016)

かなり前に予約してたのが発売されたので届いた(..) 本巻は「清河八郎」「久光出陣」「シーボルト
日本を去る」「大島三右衛門視察行」「西郷引き戻し」「久光無位無冠[ママ]」「大久保vs岩倉」の
七章で構成され、例によって行ったり来たりはするが、島津久光引兵上京前夜から寺田屋事件前夜まで
を描く(^^) この辺は、海音寺潮五郎が丁寧に叙述してるわけだが(『寺田屋騒動』[文春文庫,1987→
2007新装版]、『西郷と大久保と久光』[朝日文庫,1989]、『幕末動乱の男たち』上[新潮文庫,1975]
その他)、岩倉が暗躍していたのは、忘れただけかもしれないけど、記憶にないな^_^; 久々に登場した
河上彦斎の顏が何か違うなぁと思ったら、前回登場した時と比べると本巻では眉が太く描かれてる^_^;
なお、下記サイトだと「無位無官」が間違いであると記されてるが、大辞林の方が誤ってるのかな^_^;

http://partnersai.blog88.fc2.com/blog-entry-1452.html

放映当時は全く印象に無かったが、今見ると「死ね死ね団」の女性幹部役を演じた高樹蓉子が良い^_^;
タグ:漫画 言語 歴史

161129読んだ本&買った本

「2017年3月5日頃に付与させていただきます。」だなんて、もし付与されなくても気付かないよ^_^;

【読んだ本】

西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)所蔵本

再読終了(^^) 今年のベストかもと年初に書いたのが、しょーもない屑本を読んじゃった反射効によって
高評したわけではなかったことを確認(^^) ただ、当ブログを読み返せば、他にベスト候補あるかも^_^;
本書からは多くを学べたm(__)m 例えば、山部赤人の「ももしきの 大宮人はいとまあれや、桜かざして
今日も暮しつ」の「桜かざして」の語釈を、久保田淳『新古今和歌集全評釈』(講談社,1976)第一巻で
見ると、「桜を挿頭[かざし]として。上代人の間には、柳、梅、桜、百合など、その季節の花を髪に
挿したり、鬘[かずら](かぶり物)としたりして飾りとする習慣があった。」との説明で歌意理解には
充分だが、本書は更に深く〈なぜ〉を解き明かしてくれる(^^) 「おぼろ月夜」の節で「『伊勢物語』の
男たちも約束のように桜の枝を折ってかざしに挿している[←第八十二段で森野宗明校注現代語訳
『伊勢物語』(講談社文庫,1972)だと「枝ををりてかざしにさして」]。こういう行動が鎮魂としての桜狩の
第一の目的である。豊かに咲き満ちた桜の花のもっている生命力、それを身に近くおくことによって感染
の効果を期待するのである。もちろん、そんな呪的な目的は逍遥の楽しさに心を奪われている王朝びとの
意識には上ってこないであろう。しかし、桜をかざすという動作だけは無意識の伝承として忘れられて
いないのである。」(゚ロ゚;) なお、片桐洋一『原文&現代語訳シリーズ 古今和歌集』(笠間書院,2005)は、
歌番号36の源常の「鶯の笠に縫ふといふ梅の花折りてかざさむ老いかくるやと」の「かざさむ」の
脚注が「花を頭に挿すのは花の生気で邪気を払い、不老長寿をことほぐことであった。」と説明してて
流石(^^) だが、脚注間のクロス・リファレンスが相変わらずダメ(+_+) 歌番号276の脚注は「菊は長寿の
シンボルであったので、頭にさして不老長寿を祈った。二七〇参照。」で36は挙げられてなく、参照先の
歌番号270の脚注には「菊に限らず花を頭にさすことも我が国古来の不老長寿の法であった。」としか
書いてない(+_+) 更に歌番号352も「不老長寿を寿ぐために頭に挿す花。」、歌番号911も「普通は花や木
を髪に挿して一年の健康を予祝するためのもの。」としか説明してない(-_-) 本書に戻ると、素性法師の
〈「いま来む」と 言ひしばかりに、長月の有明の月を待ち出でつるかな〉の解釈には目から鱗(@_@;)
ヨリ敷衍的な『王朝びとの恋』(大修館書店,2003)曰く「ついでに言っておきたいのは、右の素性法師
の歌が単に男を待つ女の秋の一夜の体験を空想しているのではないことだ。古く、結婚は秋を季節として
いたものらしい。春に約束した男女が秋を待って結婚する。結婚が秋の季節のものだった時代があるらし
い(拙著『新考王朝恋詞の研究』)。だから、この歌の主人公である女は、秋になって男の訪れを待って
いた。「いま来む」はすぐに行くよという、別れに際しての男の常套句だが、女はそのことばを信じて
文月(七月)・葉月(八月)と待ち過ごし、秋も最後の長月(九月)となって、それも有明の月の出る
下旬の頃になってしまった。もはや男の訪れはないかも知れない。契りおいたことばは反古になろうと
しているのではないか。そんな思いにもだえるように、月に向って物思いをしている。非常に劇的な設定
を凝らしてある歌なのだ。」(゚ロ゚;) 百人一首の代表的な注釈書を複数精読したが、月来説でこのような
解釈は見当らない(@_@;) 本書の当該節(「心づくしの秋」)では「王朝びとは秋を結婚の季節とした
らしい。」という一文の前に、「まだその理由がはっきりと説明できないけれども、」と断っているが、
「つれづれのながめ」の節では、「五月は言うまでもなく田植えの月である。・・・稲の一年をもって
人間の一年としている農村の生活では、田植えと刈り上げは最も重要な行事であり、大きな祭りなので
あった。」とした上で「さみだれのころには神の群行があって、神々の生活がそこに存在する。だから、
人間の生活は非常に逼塞せられるわけである。五月はもの忌みの月で、厳重な謹慎の生活をしなければ
ならない。人間としての生活、男女の間のまじわりなども禁じられている。『枕草子』を見ると、宮廷で
は五月には天皇とおきさきとが離れて暮らしている(八十七段)。」とあり、更に「螢」の節で「・・・
この月[さつき]は忌み月だから結婚を避けるという習俗があったことが知られる。」とあり、これが
「理由」かしら(..) 「農村生活から離れて、農耕の時に対する関心など忘れてしまった王朝の貴族」の
ようだが、実は「王朝びとの季節感は、根本に農村の生活があって、農村的な年中行事と深く結び付いて
いる。」こと、「四季おりおりにつけて、自然が人間の内面生活と密接なかかわりを持っている」こと、
「平安朝の生活はそれ以後の日本人の生活の基本となり、規範となって、現代に至るまで伝統が続いて
いる」ことなどを本書は種々の古典作品に依拠して解き明かしてくれる(゚ロ゚;) 久しぶりに知的興奮(^^)
気になる点も^_^; 細かいことから順に指摘してくと、「秋の初風」の節に「槿花一朝の栄」とあるが、
「槿花一朝の夢」あるいは「槿花一日の栄」が正しくないか^_^; また同節で「人の秋に 庭さへ荒れて、
道もなく、蓬茂れる宿 とやは見ぬ」という歌を引き、出典を「(『平中物語』三十六段)」とするが、
目加田さくを全訳注『平仲物語』(講談社学術文庫,1979)だと同歌は「第三十七段 ならの木の並ぶ門」
に出てる^_^; 次に、「もちがゆの節供」の節で道綱の母が呪言として「三十日三十夜はわがものに」と
言って大ウケしたもんだから、消息として兼家へ送ったわけだが、「これを見た兼家がどう感じたか、
そこまではわからない。」とあるので、上村悦子全訳注『蜻蛉日記(中)』(講談社学術文庫,1978)で
確認したら、年始で多忙なはずの兼家から返歌があり、その返歌も載ってるのだが^_^; 更に挙げると、
「心づくしの秋」の節で、「『万葉集』と『古今集』とでは、日本人の秋の情緒の感じ方に非常に大きな
落差がある。・・・『万葉集』の秋は、明るく、はなやかな色どりに飾られている。/ところが、『古今集』
の秋はもの悲しい、淋しい秋である。」のは「実は、秋をもの悲しい季節と感じることは、王朝びとの
恋愛生活に深いかかわりを持っている。」として詳論してるが、取り上げてる読人知らずの歌「木の間
より漏り来る月の光見れば、心づくしの秋は 来にけり」を、片桐・前掲書に当たったら(歌番号184)、
脚注には〈※以下、秋を悲しとする歌が続く。秋を悲しととらえる歌は「万葉集」にはなく、古今集に
始まるが、淵源は中国。特に六朝や唐の詩に多い。〉とある(@_@) 本書も随所で行事等が元は中国からの
伝播であることには触れてるけど、王朝びとが秋をもの悲しい季節と感じることはどうなのかしら(@_@)
ただ、片桐の言う六朝時代は222~589年なんだから、万葉びと(万葉集)にも影響してそうだけど^_^;
最後に、本書の「(やま)ほととぎす」に関する視点や解釈などは非常に説得力があるのに(益田勝実も
「蒙をひらかれ」たことを「解説」で告白してる)、新古今集の各注釈書の解釈などには反映されてない
ことを前に書いたけど、どうもそれだけじゃないみたい(@_@) 例えば、〈秋になったら、と男女が結婚
を約束することは、「秋かけて言ふ」という慣用句をさえ生んでいる。〉と記すも、そう書いてる本は
まだ見つからない(..) これも「民俗学的国文学」と「アカデミーの国文学」との違いなら不毛だな(+_+)
とまれ、本書には愉しい知識が満載だし、今後は枕元に置いて、何度もじっくりと読み込むつもり(^^)

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

【買った本】

久保田淳『新古今和歌集全注釈 一』(角川学芸出版,2011)

石田吉貞『新古今和歌集全註解』(有精堂出版,1960)は購入当時の定価が14000円だったけど、本書は
全六巻の内の一冊で16200円(゚ロ゚;) 上記の赤人の歌の「桜かざして」の語釈は全く変わってなかったし、
元取れるかしら(..) 講談社版との違いは、ヒモが付いてないこと、各歌の「作者」欄における表記が
「藤原良経。」「後鳥羽院。」「式子内親王。」・・・という具合で、これってモーニング娘。かよ^_^;

NHK取材班編『太平洋戦争 日本の敗因2 ガダルカナル 学ばざる軍隊』(角川文庫,1995)

乾電池を買いに繁華街へ出掛けたら、29日と気付き、寄るだけのつもりが108円だし買っちゃった(+_+)
角川文庫のNHK取材班の昭和史のは全17冊所蔵も、本書だけカバーが違うので買い換えたかった^_^;
あれれ、NHK取材班&下斗米伸夫『国際スパイ ゾルゲの真実』(1995年)のカバーも違ってた(+_+)

杉本苑子『隠々洞ききがき抄~天和のお七火事』(文春文庫,1992)
杉本苑子『虚空を風が吹く』(文春文庫,1995)

年内は本を買わないと決めてたのに、いったん禁を破るとダメだな(+_+) ともに108円だったから(..)

関根慶子訳注『更級日記(上)』(講談社学術文庫,1977)
関根慶子訳注『更級日記(下)』(講談社学術文庫,1977)

百目鬼恭三郎『乱読すれば良書に当たる』(新潮社,1985)は本書より新潮日本古典集成のを推奨してた
けど、ともに108円だったから(..) 一昨日の記事だが、源氏五十余巻をくれたのは、本書上巻によると、
「『蜻蛉日記』の作者も伯母に当るが、解説(下巻)に述べたような年齢関係から適当でない。」云々
とあった^_^; また本書下巻を確認してみたら、作者は任国の信濃へ下る夫には同行してないみたい^_^;

割引券もらっちゃったから、年内にまたブックオフへ行かなきゃ(..)

161128読んだ本

電車内でおじいさんが『プロ倫』、紳士が『猫弁』、おばあさんが『米中もし戦わば』読んでた(゚ロ゚;)

【読んだ本】

杉本苑子『天智帝をめぐる七人』(文春文庫,1997)所蔵本

「白馬―鵜野皇女の立場から―」を読んで本書も読了(^^) 百済を滅ぼした後、高句麗をも併呑した新羅
だが、両国の残存勢力の抵抗や唐による干渉もあって、日本との国交を回復をしようとしていた由(@_@)
〈そんな新羅とは逆に、唐は表むき平静を装いながら、日本に強圧をかけつづけてきている。
「朝貢せよ」という名目で、幾度となく莫大な軍事物資の献上を要求してくるのだ。/使者はそのたびに、
おびただしい人数で筑紫に上陸する。それは毎回、使節団の常識からはみ出した数であり、あきらかに
示威といえた。でも天智朝には、唐の圧迫をはね返す力はない。無理な要求を呑み、四苦八苦して物資を
調達しなければならず、皺寄せはつまるところ、貢税を負担する民衆に及んで、彼らの不満を増大させる
結果になるのだった。/前任者の栗隈王を召し返し、辣腕と定評されている蘇我赤兄を急遽、大宰府の率
に任じたのも、近くまた、二千名もの人員を引きつれて、唐使が来日するらしいと知ったからである。/
「二千名!」/それは友好の使者というより、進駐してくる軍団と称してよい人数だし、おそらくまた、
甲冑の材料となる皮革や綿、征矢に矧ぐ鳥の羽根、軍船といった品々の供出を唐使は強制してくるに
ちがいない。〉(@_@;) 「もともと大海人皇子は新羅寄り、斉明帝と中大兄は百済寄りという外交路線の
くいちがいがあった。」__φ( ̄^ ̄ )メモメモ 「あとがき」に〈歴史上の人物に、感情的な色分けをするのは
つつしむべきことですけれど、正直いって私は、天智帝という人があまり好きではありません。ただ
『水鏡』に記されている白馬の話には、かねて強く魅せられていました。天智帝の死をめぐって、なぜ
こんな謎めいた、美しくも奇怪な伝説が生まれたのか。この「なぜ?」に触発されて、私は彼を追い
かける気になったといえます。/・・・/なお、門脇禎二先生、中西進先生のご研究に、大変学ばせて
頂きましたことを、ここに附記し、・・・〉^_^; 以上、乙巳の変から壬申の乱の前夜までの歴史小説(^^)

余談で『プロ倫』と『恋愛と贅沢と資本主義』の話を先週したけど、それに対する感想はなかった^_^;
タグ:小説 歴史

161127読んだ本

本を買いすぎて貧窮問答歌が飛び交う我が家にも来てプレゼントは本をプリーズ、サンタさんm(__)m

【読んだ本】

堀辰雄『かげろふの日記・曠野』(角川文庫,1951初版→1976改版10版)所蔵本

西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)の「序の章 春秋の争い」の冒頭「ある恋の記録」は
『更級日記』の一節を「長々と」紹介(^^) んで、「『更級日記』の中に、作者の恋の交渉が描かれて
いるのはわずかにこの一か所だけである。この菅原孝標女という人は橘俊通に嫁して仲俊という男の子を
生んでいる。しかし、日記の表面には俊通との恋など一言もしるされていないし、その結婚のいきさつ
などにも全く触れていない。日記の上では、作者はいつのまにか結婚しており、いつのまにかこどもの
ことが記述せられるようになるだけである。右に引いた源資通との間のロマンスは作者が三十を幾つか
過ぎたころのことであるが、おそらくこの時には橘俊通との結婚生活にはいっていたであろうと推定され
ている。/作者にとって、夫との結婚はいわば実務とでも言うべきもので、記録に残す性質のものとは
思われなかったのであろうが、資通との間のはかない恋の交渉は書き残すに価することだったのである。」
という件を読んだ瞬間、一気に惹き込まれた^_^; 『更級日記』は他にも数回ほど同書で引用・言及
されてたし、興味を持ちメチャ読みたくなったのだが、『更級日記』の註釈書も訳本も我が家には無く、
買う余裕もナスビ(;_;) とりあえず、本書の「姨捨」と「更級日記」の2篇を何十年かぶりに再読^_^;
「姨捨」は『更級日記』をベースにした短篇小説、「更級日記」は随筆で、「姨捨」「かげろふの日記」
「ほととぎす」の執筆に至った動機や原文を改変した理由など舞台裏を明らかに(^^) 「京へ上ったら、
この世にあるだけの物語を見たいというのは、田舎にいる間からの少女の願いだった。」という一文は、
中村真一郎みたい^_^; この貪欲な読書欲求は好きだな(^^) 「少女はもっと物語が見られるようにと母を
責めたてていた。それだけに、そのころ田舎から上って来た一人のおばが、源氏の五十余巻を、箱入りの
まま、他の物語なども添えて、贈ってよこしてくれたときの少女の喜びようというものは、ことばには
尽くせなかった。少女は昼はひねもす、夜は目のさめているかぎり、ともし火を近くともして几帳のうち
に打ち臥しながら、そればかりを読みつづけていた。」というのも可愛い(^^) なお、この「おば」は、
アノ人なのかしら(..) さて、「姨捨」は『王朝びとの四季』が取り上げてた「ロマンス」を描いた後、
「女が前の下野守だった、二十も年上の男の後妻となったのは、それからほど経てのことだった。」と
するし、「更級日記」でも「その[「ロマンス」の]後、彼女は宮仕えを辞し、ある平凡な男と結婚し、
何事もなかったように静かに一生を終える。」とするが、直後に〈・・・「更級日記」の原文からはやや
離れてきたものになってきているらしいことは私も認めないではいられない。〉とも記しているから、
小説的効果を高めるために改変したのかな^_^; ただ、堀は「さらに私は不心得にも、自分の作品の結末
として、原文ではその女は結婚後その夫が信濃守となって任国に下ったときには京にひとりとどまって
いるのであるが、そのときその夫に伴って彼女自身も信濃に下るように書き変えてしまった。」由(@_@)
実際、「姨捨」では「夫がその秋の除目に信濃の守に任ぜられると、女はみずから夫といっしょにその
任国に下ることになった。」としている(^^) ところが、昨日届いた杉本苑子『対談 にっぽん女性史』
(中公文庫,2008改版)をパラパラ眺めると、「五十歳のとき、夫の橘俊通が信濃の国司になったので、
夫と一緒に赴任した。」と杉本は語っている(゚ロ゚;) どちらが正しいのか、『更級日記』を確認すれば、
判るんだろうけど、買う金がない(;_;) 北方謙三に人生相談したら「図書館へ行け!」と御託宣か^_^;

昨夜は今季初の湯たんぽ使用もシモヤケで爪先が痛くて痛くて眠りが浅いせいか今日はずっと頭痛(+_+)

161126読んだ本&買った本

ハズレなしとはいえショッピングくじは16200円の本を買っても相変わらず5ポイントしか当たらん(+_+)

【読んだ本】

杉本苑子『天智帝をめぐる七人』(文春文庫,1997)所蔵本

「薬玉―中臣鎌足の立場から―」を読んだ(^^) 〈「いったいなぜ、それまでして近江遷都を強行しなければ
ならないのか」/民衆は素朴な疑問を抱いているが、答はひと言で足りた。外敵を日本国内に迎え撃つ
ことになったとき、飛鳥を首都としていては防衛に万全を期しがたい。近江のほうが決戦態勢に備え
やすいとの、軍事的な理由にほかならない。〉__φ( ̄^ ̄ )メモメモ 「三輪山を しかも隠すか 雲だにも
心あらなも 隠さふべしや」と朗誦した「額田女王はおそらく、近江への遷都を嫌っているのでしょうな」
__φ( ̄^ ̄ )メモメモ 関係はないけど、この歌に拠ったのが、紀貫之の古今集の歌番号94「三輪山を
しかもかくすか 春霞 人に知られぬ 花や咲くらむ」(^^) 「薬狩り」「薬玉」「鹿茸」が出てくるけど、どれも
西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)でも詳論(^^) 「後宮」が「後官」と誤植あり(..)

久保田淳『新古今歌人の研究』(東京大学出版会,1973)

井上宗雄『平安後期歌人伝の研究』(笠間書院,1978)

石田吉貞『藤原定家の研究[改訂版]』(文雅堂書店,1969)

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

【買った本】

杉本苑子『対談 にっぽん女性史』(中公文庫,2008改版)

昨夜ついに年明けに買う予定だった本も注文してしまった(..) 本書は全額ポイント払いだが、たった
5ポイントの期間限定ポイントのために結構なポイント数を費消してしまったのは、買い物下手か(+_+)
本書の巻末に「編集部」による一文が載ってて、「本書は一九八五年四月に刊行された中公文庫『対談
にっぽん女性史』の新装改定版です。新組みにあたっては明らかな誤記・誤用など最低限の訂正にとどめ
ました。また本文中には・・・」云々とあるが、改訂版ならぬ「改定版」も「明らかな誤記」では(..)

寝る時も手袋し爪先が痛いのでスリッパを温かげなルームブーツに換えたが懐は寒風ピューピュー(;_;)
タグ:小説 歴史

161125読んだ本&買った本

年明けに買おうかどうしようか悩んでる本が今日買うと3000ポイントは貰えるから真剣に悩んでる(..)

【読んだ本】

杉本苑子『天智帝をめぐる七人』(文春文庫,1997)所蔵本

「胡女―鏡女王の立場から―」を読んだけど、鏡女王は額田女王の姉で、鎌足の正室(^^) 「さいわい
敵軍の本土上陸という最悪の事態は、今のところ回避されているが、それは唐と新羅が、勝利を確信した
からにほかならない。とすれば遠からず正式に、我が国に降伏を認めさせるべく使節団が乗り込んでくる
はずだし、国内では、半島派兵に反対していた大海人皇子を中心とする重臣らが、中大兄の責任を追及
して不穏な動きを策す懸念もあった。」(@_@) んで、来朝した唐の正使である劉徳高は「近く挙行される
泰山封禅の儀式には、諸蕃ことごとく列席する。日本も参加されたい」と要求した由(@_@;) この唐国
の大使節団(「総勢二百五十四人―――。荷持ちの雑人や従僕、水夫らまで併せると軽く五百人を越し
そうな人員のおびただしさは、過去にまったく例を見ない。」)に混じって12年ぶりに帰国したのが、
鎌足の息子の定恵(幼名は真人)(^^) 最後の方は、定恵の最期を描く珠玉の小品になってたけど(;_;)
『ごめんあそばせ 独断日本史』(中公文庫,1988)の巻頭、〈杉本 ところが、戦前の歴史教科書には
「白村江の敗戦」など一行も載せてない。あれこそ第一次ポツダム宣言受諾ね。/駐留軍が来、外交路線
までが否応なく変わったのだもの。/永井 唐・新羅から二千人ぐらい来ているんですね。・・・〉と
あって、この「駐留軍」の話は前から気になってたんだけど、残りの2篇には出てくるのかしら(..)

西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)所蔵本

久保田淳『新古今歌人の研究』(東京大学出版会,1973)

井上宗雄『平安後期歌人伝の研究』(笠間書院,1978)

石田吉貞『藤原定家の研究[改訂版]』(文雅堂書店,1969)

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

【買った本】

芸術新潮2016年12月号

特別定価1620円(゚ロ゚;) その後、ATМに並ぶ破目に(+_+) 別冊付録として葛飾北斎の自作・自画による
枕絵本『萬福和合神』が丸ごと付いてる所為か(@_@) 正直な話、興味ない(..) 大特集「北斎 画狂老人
への道」は掲載作品を眺めた限り(小っちゃいのが多いけど)、ベロ藍(プルシアンブルー)を使った
「透明感のあるブルー」が素敵(^^) 第2特集「原田マハ ヴェルサイユ宮殿を訪ねる」よりも「仙厓を
めぐる笑いの浄土」と題する対談(しりあがり寿×橋本麻里)の方が興味深いな^_^; 少なくとも掲載
されてる仙厓の作品、その「ゆるカワ度」が相変わらず強烈で、一瞥しただけで思わず和んじゃう^_^;

ブログ「幕下相撲の知られざる世界」の「稀勢の里の歴史は、期待と失望の繰り返しなのである」に座布団1枚^_^;

161124読んだ本

金魚が嬉しそうに飛び跳ねて泳ぐ姿を見るとハズレでポイントが獲れなくても良かったと思える(^^)

【読んだ本】

杉本苑子『天智帝をめぐる七人』(文春文庫,1997)所蔵本

「華鬘―常陸郎女の立場から―」は、常陸郎女を始め知らない女性が次々と出てくるので、その度に
巻頭の「登場人物略系図」で確認して刷り込みながら読んだ^_^;「姿は鳳凰に似てるけど」「顏は人間の
女性」という「迦陵頻」なる「極楽にすむ霊鳥」が冒頭で話題(@_@;) 手塚治虫『三つ目がとおる②』
(講談社コミックス,1975)に出てきた「天人鳥」と同じかしらとネット検索したところ「迦陵頻伽」と
同一なのか確証は得られずも、山岸涼子『日出処の天子』第六巻(白泉社文庫,1994)の表紙カバー絵が
どうも迦陵頻伽をイメージとの情報を得た^_^; 昨日読んだ「孔雀―額田女王の立場から―」の末尾に
「・・・中継ぎ役として、間人大后は即位したのです。中天皇[なかつすめらみこと]・・・・・・。後世の史家
たちは、たぶん彼女を歴代の数に入れないでしょう。」とあったが、筑紫で病気となり、意識不明のまま
即位した、間人皇女へのお見舞に伺う予定なのにグズグズしている蘇我赤兄の娘・常陸郎女^_^;
「そうさ、私と日向だけを密告者扱いするのは可笑しい。倉山田石川麻呂も裏切り者だ。蘇我の門葉に
つらなりながら、宗家を敵に売った卑劣な男・・・・・・。それが姪郎女の父親だよ」と赤兄(@_@) 更に
「つまり讒者・密告者・裏切り者の血は、生母の尊卑になど関係なく、雄当[おまさ]お祖父さまの
倅三人の体内に、公平に流れ込んでいるわけだよ」(+_+) 「つまり世間から背徳と見られている蘇我氏
三兄弟の行為のうしろには、かならず影のように中大兄皇子が潜んで事件の糸を引いていました。」と
言う常陸郎女に〈「ははは、そなた、なかなか賢いぞ」と赤兄は小さく、含み笑いを洩らした。〉(^^)

西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)所蔵本

久保田淳『新古今歌人の研究』(東京大学出版会,1973)

井上宗雄『平安後期歌人伝の研究』(笠間書院,1978)

石田吉貞『藤原定家の研究[改訂版]』(文雅堂書店,1969)

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

起床し「また予報ハズレか」と思いつつPCやってたら地域掲示板の降雪の書き込みで外見て吃驚(゚ロ゚;)
タグ:小説 漫画 歴史

161123読んだ本

冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず・・・なわけね(`ε´)ぶーぶー!! 長靴準備(+_+)

【読んだ本】

杉本苑子『天智帝をめぐる七人』(文春文庫,1997)所蔵本

「孔雀―額田女王の立場から―」を読んだ(^^) 昨日の「琅玕―有間皇子の立場から」では「あの妖女が
面白半分に、有間を玩具にしただけのことでしょう」と言われてた額田女王だが、「弟の妻と婚いて、
日嗣ぎの御子の身の穢れを攘い清めよ」との神示によって中大兄皇子と(゚ロ゚;) NTR(?)大海人皇子
の他の2人の妻(大田皇女と鵜野皇女)は中大兄の息女だが、それは「政略目的の婚姻であり、もっと
勘ぐれば大海人の動静の監視役でもあった。」(@_@;) 「地方豪族や臣僚たちのあいだには、女帝への
不平不満がながいことくすぶっている。宝大王(皇極)と称していた時代から今にいたるまで、宮殿や
舟遊び用の運河の建造などに、おびただしく使い捨てられた国費・・・・・・。度はずれな遊山好きも
気のむらも、つまるところ、/「嫡男であり摂政の任も兼ねた皇太子が、母帝の恣意を諫めるどころか、
助長させてさえいるからだ」/と中大兄への非難に集約され、それは一転、母とも兄とも反りが合わず、
ややもすると彼らに疎んじられがちな大海人への、ひそかな同情となって、新しい勢力を形づくろうと
していた。」(@_@) 皇極・斉明への筆致は本連作では一貫して手厳しく、鵜野は生意気に描かれる^_^;

西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)所蔵本

久保田淳『新古今歌人の研究』(東京大学出版会,1973)

井上宗雄『平安後期歌人伝の研究』(笠間書院,1978)

石田吉貞『藤原定家の研究[改訂版]』(文雅堂書店,1969)

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

まだ11月なのに今夜から明日にかけて雪の予報(゚ロ゚;) 日に当てるためクリスマスローズを移動(^^)
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161122読んだ本

ヤフーからのおすすめ商品が「奥村チヨCD恋の奴隷」なのは「古今和歌集 奥村」を検索したからか^_^;

【読んだ本】

杉本苑子『天智帝をめぐる七人』(文春文庫,1997)所蔵本

続けて「琅玕―有間皇子の立場から」を読んだ(^^) 「軽[皇子]は鞍作[入鹿]の盟友であり、派閥で
いえば蘇我氏に近い人物と見られている。」「大王となった軽は、したがって中大兄や鎌子らの口出しを
許さず、生前、鞍作が抱いていた理想の達成に邁進しだした。」__φ( ̄^ ̄ )メモメモ ハムレットの如く、
佯狂の有間皇子が描かれているが、その母の小足媛の従兄にあたるのが阿倍比羅夫__φ( ̄^ ̄ )メモメモ
「唐突としか言いようのない阿倍の臣の僻地派遣は、中大兄の深謀だ。いよいよ彼らはわたしの身辺に
魔手をのばそうとし、軍の実力者である比羅夫将軍を、あらかじめ都から遠ざける挙に出たのだろう。」
(゚ロ゚;) 急に思い付いて、福田恆存『人間不在の防衞論議』(新潮社,1980)を本棚の奥から取り出し、
「戯曲『有間皇子』餘談」を読む(^^) そこに日本書紀の有間皇子の件の書き下し文も載ってるから(^^)
にしても、〈有間皇子にわざわざルビを振つたのは藝術座上演の際、切符の注文に「ユーカン・オージ」
と言つて來る人が多かつた事を憶出したからである。〉って、本当にあった話なのかしら(@_@) ついでに
思い出した福田恆存『問ひ質したき事ども』(新潮社,1981)所収の「近代日本知識人の典型清水幾太郎
を論ず」に有斐閣六法の編集委員の名が列挙されてて(同書92頁)、平野龍一が「平重龍一」 と誤植(+_+)
ウチの校閲部は業界で「超一流」と言われててねぇと自慢するような輩が超一流のわけがない^_^;

西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)所蔵本

久保田淳『新古今歌人の研究』(東京大学出版会,1973)

井上宗雄『平安後期歌人伝の研究』(笠間書院,1978)

石田吉貞『藤原定家の研究[改訂版]』(文雅堂書店,1969)

池田弥三郎『百人一首故事物語』(河出文庫,1984)所蔵本

意味もなく毎朝5:30に起きて活動してるので今朝の地震も焦らなかったけど日中やはり眠過ぎる(+_+)
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161121読んだ本

玄関扉に鍵かけてから今日も忘れたことに気付き手の甲に「手袋」と大書して電車に乗っちった(+_+)

【読んだ本】

杉本苑子『天智帝をめぐる七人』(文春文庫,1997)所蔵本

目次を見ると、「風鐸―軽皇子の立場から―」「琅玕―有間皇子の立場から」「孔雀―額田女王の立場
から―」「華鬘―常陸郎女の立場から―」「胡女―鏡女王の立場から―」「薬玉―中臣鎌足の立場から
―」「白馬―鵜野皇女の立場から―」という7篇の連作の歴史小説らしいので、順番に読むことに(^^)
「風鐸―軽皇子の立場から―」を読んだ(^^) 「倭国をめぐる対外情勢の緊迫に、危機感をつのらせて」
手を打つも、逆に誤解を招いてしまう「蘇我林臣鞍作」と「親密だった」のが軽皇子(^^) 遠山美都男
『大化の改新~六四五年六月の宮廷革命』(中公新書,1993)も「従来も指摘されているように、皇子が
蘇我本宗家と比較的親しい関係にあった」とする(^^) 蘇我氏に関する本は遠山の他の著作も含め何冊か
借りて読んだけど、内容は完璧に忘れちゃったし、持ってるのは同書だけなんだよね(..) 乙巳の変で
「(非業の最期をとげた蘇我大郎鞍作・・・・・・。彼が夢見た理想政治の実現こそが、親友として、
わたしのはたすべき責務ではないか)」と、即位後は「葛城皇子が師事していた南淵請安を登用せず、」
「鞍作の頭脳の慧敏さを讃えていた旻法師である。この碩学を、新政府の首脳陣に[国博士として]
迎えたことは、とりもなおさず軽皇子の治政が、外交政策・国内政策ともに、かねがね鞍作が敷いて
おいた路線上を、まっすぐ歩むものであることを証明していた。」由(^^) なお、乙巳の変の殺害現場に
軽皇子がいなかった訳が・・・いやはや何とも^_^; どうも重いので、のんびり一篇ずつ読んでいく(^^)

西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)所蔵本

朝から疲れてて元気なし(+_+) 今日は電車内で本を読んでる人が結構いた(@_@) こんな日もあるのね^_^;
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