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161105読んだ本

野菜も残さないし、本日なんと××倍という甘い誘惑にも負けないし、実は大人だったのさ( ̄^ ̄)エヘン

【読んだ本】

杉本苑子『女人古寺巡礼』(講談社文庫,1996)所蔵本

「壺阪寺―お里と沢市―」は、「正しくは、壺阪山法華寺」で「西国三十三番霊場の第六番札所」(^^)
「豊沢団平の妻お千賀によって、明治のはじめに作られた浄瑠璃『壺阪霊験記』」の〝お里・沢市ゆかり
の寺〟として知られる(;_;) 熱海のお宮の松と同様に、〝お里・沢市投身の谷〟という「立札」がある
のは御愛嬌だけど^_^; この浄瑠璃以前に「桓武天皇がここの本尊に祈って眼疾を治されたという伝説が
あり、眼とのかかわりも奈良時代までさかのぼれる。」という「眼病平癒の寺」(^^) 巨大な「観音の
おみ足の下に息づく庭園には、〝匂いの花園〟という床しい名がつけられている。匂い・・・・・・。
つまり視覚で花の色や形を鑑賞できない障害者に香りを楽しんでもらう目的から、この花園は企画され、
丹精こめて手入れされてもいるわけであった。」(゚ロ゚;)スゴッ! 「盲人のための特殊公園は、世界中さが
してもニューヨークのブルックリン植物園と、ここ壺阪寺の匂いの花園だけだそうですよ」(^^)「盲老
救済のために始められた養護施設・慈母園」も併設しているというから、マジで頭が下がりますm(__)m
「真如堂―玉藻ノ前と藤原詮子―」は本尊の阿弥陀如来が〝うなずき阿弥陀〟〝頭振り阿弥陀〟などと
呼ばれる話が面白い(^^) 〈「いえ、伝説ですけどね。彫り終ったとき[慈覚大師]円仁が、『どうぞ
我ら法師どもの、修行の達成をお助けください』と念じたところ、如来はお頭を三度、横に振られたん
ですって・・・・・・」/・・・/「そこでこんどは『あまねく衆生を、とりわけ女人を、救い取らせ給え』と
お願いし直したところ、三度おうなずきになりました」〉(^^) 玉藻ノ前は『殺生石』の主人公だが、
藤原詮子に関して、「それ[姑の嫁いびり]もあろうけれど、私は詮子の定子嫌いは、もう少し
根の深いところに原因があると思っている。定子兄弟の生母は高階貴子といい、藤原氏の出ではない。
詮子はこの点に、強い危機感をいだき、定子兄弟の排除に乗り出したのではないか。」とする(@_@;)

西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)所蔵本

ポイントが無いためなのはナイショ(..) 頭痛で予定変更して読んだ冷泉家800年史は全編ヨイショ(+_+)
タグ:歴史 紀行 列伝
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