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161118読んだ本&買った本

「本の悪口を言わないで向き合う」とおっしゃる壇蜜様をちったぁ見習えや!オラァ(p゚ロ゚)==p)`д)グハッ

【読んだ本】

片桐洋一『原文&現代語訳シリーズ 古今和歌集』(笠間書院,2005)所蔵本

本を読んでて出てきた古今集入集歌の歌意を知りたい時にハンディーゆえ重宝してるし、出てきた語句を
試しに「和歌各句索引」で引くのもメチャ愉しい(^^) が、十数首ほど読んだだけなのに気になる点(..)
平城天皇の御歌とされる歌番号90「ふるさととなりにし奈良の都にも色はかはらず花はさきけり」だが、
「ふるさと」は「昔なじみの所。思い出の地となった所。七八四年に平城京から長岡京へ遷都した。」と
脚注で説明され、現代語訳も「思い出の地となってしまった奈良の都にも、昔と色は変わらぬままの花が
やはり咲いたことであるよ。」とする本書(..) でも、奥村恆哉校注『新潮日本古典集成 古今和歌集』
(新潮社,1978)の頭注は、「ふる里」を「ふるびた人里」と解して、「今はさびれて片田舎となった
奈良の都にも、花だけは昔と同じ色に、美しく咲いている。」と口語訳しており、こちらの方がしっくり
くるのは小生だけかしら^_^; これは所詮テイストの問題にすぎない、と納得しようともしたが、本書の
歌番号741の伊勢の歌「ふるさとにあらぬものからわがために人の心のあれて見ゆらむ」の「ふるさと」
の脚注には「古い里。昔、都があった所をいう場合も多い。九〇・二〇〇のように今は荒廃している場合
が多い。」とあるじゃん(゚ロ゚;) だったら、なぜ歌番号「九〇」の方の脚注で「今は荒廃している場合が
多い。」とし、その現代語訳でも「思い出の地となってしまった」ではなく「今は荒廃してしまった」と
しなかったのか理解に苦しむ(+_+) 歌番号111のよみ人しらずの歌「駒なめていざ見にゆかむふるさとは
雪とのみこそ花は散るらめ」の「ふるさと」の脚注も「昔なじみの土地。昔栄えていた土地。平安時代
には、昔、都があった奈良をいうことが多かった。九〇参照。」とあるのに、肝心な「九〇」の脚注&
現代語訳にも「昔栄えていた土地」という意が全く生かされてない(-_-) また歌番号325の坂上是則の歌
「みよしのの山の白雪つもるらしふるさとさむくなりまさるなり」だけど、この「ふるさと」の脚注は
「昔なじみの所。この場合は、昔、都のあった奈良。」としながら、現代語訳では「吉野山の白雪は降り
積もっているらしい。この奈良の古里にこのように寒さがつのってきたのだからね。」となってて、脚注
の説明が全然反映されてないじゃん(゚ロ゚;) 「この場合は」「古里」ではなく「古都」とすべきだろ(-_-)
帯に「第一人者」とあるのはその通りだと思うけど、本書は情報量が少なそうなだけじゃないのかも(..)
「また、つまらぬ物を読んでしまったorz」みたいなことを書いてしまったorz ま、悪口じゃないか^_^;

西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)所蔵本

【買った本】

西村亨『王朝びとの恋』(大修館書店,2003)

著者買い(^^) 古本で買っても良かったけど(古本屋に実際あったし)、図書館で内容を確認した際に、
「あとがき」に絆されて新品を注文(;_;) ヤフーで注文したら瑕疵があったと連絡がありキャンセルし
(良心的なショップに感謝m(__)m)、楽天で昨日注文したのが今日届いた^_^; 『王朝びとの四季』を
再読するために、池田弥三郎の『光源氏の一生』を読んだように、本書を読むためのレディネスとして
後期王朝の古典作品を予めもっと読んでおく必要があるかも(..) 故に、本書はとりあえず本棚へ^_^;

豪栄道が1敗を喫し白鵬も遠藤に敗れ全勝は鶴竜のみとの各紙記事は蒼国来の初黒星に1行も触れず(..)
タグ:古典 和歌