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161119読んだ本&買った本

「また、つまらぬ物を読んでしまったorz」のフレンドリー度は2で当ブログは1だと(ノ`□´)ノ⌒┻━┻

【読んだ本】

西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)所蔵本

引用されている古今集入集歌の訳もチェックできるようになったので本書は最初から読み直してる^_^;

【買った本】

奥村恆哉校注『新潮日本古典集成 古今和歌集』(新潮社,1978)

やっぱ古今集を理解してないとダメと判り、百目鬼恭三郎『読書人読むべし』(新潮社,1984)が推奨
してた本書を買うことに(^^) ネット上のレヴューや書評は根拠も示さずに褒めるパターンばかりだが、
百目鬼は類書と具体的に比較し例証したものだから信頼できるわけ(^^) 某古本屋は864円で入手可能と
知って遠征したところ、ベタベタする上に1刷だったのでスルーして、とりあえず図書館で借りた^_^;
ただ、前に新品で購入した新潮日本古典集成の蔵書を確認すると、グラシン紙だかパラフィン紙だかを
外せばベタベタする感触なので、そういう材質なんだと納得したけどね^_^; でも、百科事典や辞書の
1刷は買うな、という世間知(経験則でもあることは別ブログに)もあり、新潮社の校閲部が「超一流」
( ← モチ笑うとこね)であったとしても、その例外たり得ないわけで、只管ポイントを貯めまくって
再来月に新品で買うことに(^^) が、一昨日朝クーポンと手持ちのポイントで1割引になり、ポイントも
ドカーンと貰えることに気付いて注文しちった(..) 以来、電気代節約のため夜は窓から射し込む街灯の
明かりで本を読む為体(;_;) さて、届いたのをパラパラと読んだところ、初心者の小生には勉強になる
ことがきちんと書かれてる感じはした(^^) 例えば、巻頭歌「年のうちに 春は来にけり 一とせを 去年
とやいはむ 今年とやいはむ」(在原元方)の頭注には〈正岡子規は「理屈をこねただけ」(『歌詠みに
与ふる書』)と評したが、古代の思考には遠い理解である。〉と付論され、片桐洋一『原文&現代語訳
シリーズ 古今和歌集』(笠間書院,2005)の脚注には載ってない^_^; 同書は「はじめに」で〈かの正岡
子規(一八六七~一九〇二)が「歌よみに与ふる書」において『古今集』を否定し『万葉集』を賞揚した
のは有名な事実であるが、〉云々と言及してるけど^_^; また小林大輔編『ビギナーズ・クラシックス
新古今和歌集』(角川ソフィア文庫,2007)は「古来、最も有名な桜の名所であった。」と、いい加減な
説明をしてたけど、本書は歌番号3「春がすみ 立てるやいづこ みよしのの 吉野の山に 雪は降りつつ」
(よみ人しらず)の頭注で、「吉野山(奈良県中部)がもっぱら桜の名所となるのは『新古今集』以降。
『古今集』では雪深い所としての取り扱いが多い。三一七参照。」とし、更に歌番号317の頭注で例証
する念の入れよう(^^) このことは片桐・前掲書だと同歌の脚注では触れられていなくて、歌番号60の
紀友則の「みよしのの山辺に咲ける桜花雪かとのみぞあやまたれける」の脚注で初めて「吉野山を桜の
名所とするとらえ方は平安時代中期までは少なく、それまでは雪の名所である。」と説明している^_^;
なお、この歌番号3の歌の二句までを「春になって霞がたっているのはどこだろう。」と片桐は訳すが、
本書は「もう立春もすんで、春になったというのに、春霞はどこに立っているのだろう。」と訳す(^^)
西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)は、「ところが、暦の上の立春に注意が集中する
ことが、暦と自然との矛盾に興味をいだかせることにもなる。暦の上では春が立ったはずなのに、まだ
自然は春にならない。これは一体どうしたことだろう。そんな、こどもっぽい気持で反問してみること
も、王朝びとのひとつの文学的な好みであった。」として、この歌を紹介してるのを読んでいたせいか、
本書の訳の方がしっくり来る^_^; ただし、情報量は多いといっても、歌番号691の「いま来むと 言ひし
ばかりに 九月の 有明の月を 待ち出でつるかな」(素性法師)の歌の頭注には、片桐・前掲書と違って
(そもそも片桐・前掲書と比べるのは酷で、比較すべきは片桐の『古今和歌集全注釈』か)「百人一首に
も採られている。」ことも指摘されているが、残念なことに「この歌の解釈には、月来説と一夜説とが
対立している。」(島津忠夫訳注『新版 百人一首』[角川ソフィア文庫,2008新版16版])事実への言及
まではない(+_+) 歌の配列からして、古今集では一夜説で解釈するのが正しいんだろうけど、石田吉貞
『百人一首評解』(有精堂出版,1956)が言うように「月来説の方が余情は深い」し、そもそも「・・・
待つ時間が短くてはやはりこの歌は面白くない。註釈というものは、まったくつまらぬことにこだわる
ものである。」という安東次男『百人一首』(新潮文庫,1976)には同感(^^) これは個人のテイストの
問題にすぎないけど、西村・前掲書や同『王朝びとの恋』(大修館書店,2003)は王朝びとの恋愛生活と
季節との間には強い結びつきがあったとして、この歌の解釈も実に深~くて、月来説に立っている(^^)
ま、それはさておき、本書の歌の解釈に対する批判もある(^^) 「草の庵主人」による2012年1月5日付の
「草の庵日録」がソレで、歌番号181の素性法師の歌の「あえもこそすれ」を「あやかりたい」とする
語釈の誤りを指摘してて、ナルホドと勉強になったm(__)m 本書に関し「実に首をかしげる注釈が多い」
ともあり、気を付けて読まにゃ(..) 本書でも「超一流」の校閲部さんの目は節穴だったようですな^_^;

  http://hanaturuse.exblog.jp/15223263/

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タグ:古典 和歌
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