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170217読んだ本

先月は本を買いすぎたから「リボ払いにしませんか?」攻勢が凄い(゚ロ゚;) でも、負けないぞ(`´)

【読んだ本】

川口久雄全訳注『和漢朗詠集』(講談社学術文庫,1982)

本書「巻下 猿」454「瑤台に霜満てり 一声の玄鶴天に唳く 巴峡秋深し 五夜の哀猿月に叫ぶ」の
「巴峡」の「語釈」は「四川東部、揚子江の急流地帯に巫峡・瞿塘峡・巴峡があり、これを三峡
という。」とあるのが気になる(..) 大曽根章介&堀内秀晃校注『新潮日本古典集成 和漢朗詠集』
(新潮社,1983)も参照したが、その頭注の「巴峡」の語釈も全く同じで、「四川省の東部にあり、
巫峡・瞿塘峡とともに三峡と称す。」とある(..) ところが、松原朗『唐詩の旅~長江篇』(現代
教養文庫,1997)には「三峡」という章が設けられていて、「長江三峡図」という地図も掲示して、
「三峡は、上流から瞿唐峡・巫峡・西陵峡の三つの総称である。」と本文に(@_@) Wikiだけでなく
百科事典や辞書も同様の説明だが、「巴峡」とは西陵峡の異称なのかしら(..) まさか「巴峡」が
広島県三次市のソレを指すわけないし^_^; が、「漢詩を楽しもう tiandaoの自由訳漢詩」という
下記ブログが、王維「暁行巴峡」の中の一節を解説する文章中に〈翌年の春には都に呼びもどされ、
帰りは「巴峡」(はきょう)、つまり長江の三峡を船で通過して、湖北から北へもどったようです。〉
とあり、巴峡は三峡の異称なのか(..) 本書は761でも「巫の三峡」の「語釈」が「揚子江の上流、
四川・湖北の間にある三峡。巫山峡、明月峡、広沢峡。」云々とややこしい(+_+) 前記「長江三峡図」
は瞿唐峡、巫峡、西陵峡の三峡のそれぞれ中に更に峡谷があり、その名称も示してるが、そこには
「巫山峡」「明月峡」「広沢峡」という名前は見当らない(@_@) 勿論、偶々挙げられていないだけ
なのかも^_^; それにしても、コレに限らず、中国文学者の書くものとの異同が散見されるね(+_+)

http://blog.goo.ne.jp/tiandaoxy/e/a72f5b21c79bad12e51ad01524920897

竹田裕子『一〇〇万回言っても、言い足りないけど ジャーナリスト竹田圭吾を見送って』(新潮社,2016)

春一番と理解してもあまりの強風に今日は予定変更(+_+)
タグ:中国 古典
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