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170426読んだ本&昨日買った本

「ゲレーロ豊橋出身説」とは巧いこと言うなぁ^_^; 新古今集とかの本歌取り・本説取りと同じで
藤井淳志が地元豊橋で開催の試合で確変した故事を踏まえたコメントと読み解けたから大爆笑^_^;
歌枕を始めとする王朝びとの約束事とか文化を知ってれば古典の世界がヨリ愉しく感じられる(^^)

【昨日買った本&読んだ本】

目崎徳衛『百人一首の作者たち』(角川ソフィア文庫,2005)

新品をポイントで半額以下にして購入する予定が、来月発売のコミック新刊チェックに漏れがあり、
258円の古本を全額ギフト券で注文・購入(..) 出品者は店頭では300円で売ってたみたいだけど^_^;
本書単行本(角川選書)の表紙を一瞥し「著者名」は「藤原定家」でデータ入力してるとぬかした
図書館司書こそ「がん」(Ⓒ山本幸三地方創生担当相)(-"-) 「王朝文化論への試み」なる副題が
本書単行本の表紙にはあるし、目次を眺めただけで、百人一首の注釈・鑑賞本の類いでないことは
一目瞭然なのに(序章やあとがきで本書のテーマは百人一首の注釈・鑑賞に非ずと何度も明言強調
してたし)、書名に〝百人一首〟と付いてりゃ、一律・機械的に著者名を藤原定家とするなんて、
専門職どころか無能だろ(-"-) その方が利用者にとっては便利と考えたんだろうけど、蔵書目録に
「目崎徳衛」という本来の著者名を入力し忘れているから、OPACで「目崎徳衛」と著者名検索
しても本書にアクセスできず本書を利用したくても利用できないぞヾ(`◇´)ノ彡☆コノ!バカチンガァ!!
図書館司書が著者名入力を怠る行為は目崎徳衛の長年の研究を蔑ろにし、かつ焚書に等しい(-"-)
島津忠夫『新版 百人一首』(角川ソフィア文庫,1999新版16版)は「補注(Ⅱ)」で藤原定家の歌
「こぬ人をまつほの浦の夕なぎにやくやもしほの身もこがれつゝ」について「なお、目崎徳衛氏に、
この歌が建保四年(一二一六)閏六月九日の百番歌合において、順徳院の御製と番えられて勝と
なったことを思いおこし、佐渡の順徳院を偲ぶ意を汲みとろうとされていることは注意したい。」
と本書に言及(^^) 探すと「・・・自信作は無数にある中からなぜ定家はこの一首を自選したのか、
・・・」を論じた件で〈定家の判詞によるとこの右勝も、[「院と定家の勝負は六対二(持二)」
という]あまりの圧勝に気がさした順徳院が、歌壇の泰斗に対して謙譲の美徳を発揮したようにみえ、
その純真さが定家にも快い感銘をのこしたように察せられる。/こういう制作事情をかえりみると、
「来ぬ人」の陰には佐渡に流謫の日々を送る順徳院のおもかげが浮び、「身もこがれつつ」還幸を
待ちわびる定家の真情が読みとられはしないだろうか。〉( ;∀;)イイハナシダナー とまれ、愉しそう(^^)

季節の風物詩というか、昨夜МXのSEEDを予約録画も映像も音声も乱れてて再生視聴できず(+_+)
タグ:古典 和歌
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170425読んだ本&買った本

一番の謎は「バベル」の塔に住んでいるのに「バビル」2世と名乗らされたことじゃないかな^_^;

【買った本&読んだ本】

芸術新潮2017年5月号

楽しみにしてたのが特集「漫画家大友克洋、美術史家森洋子が徹底解剖 《バベルの塔》の謎」(^^)
前から気になってた「洗濯物」はどれなのかが、「料理に洗濯、井戸端会議も」という部分拡大図で
氷解したし、細部をクローズアップした「二大傑作のここに注目」が凄い(゚o゚;) 「昼寝や排泄する
工人」なんて、最初に気付いた人はどんな鑑賞眼の持ち主なのかしら^_^; 中野京子『名画の謎 旧約
・新約聖書篇』(文春文庫,2016)が、描かれてるニムロデ王に関しトンチンカンな解釈をしてると、
若桑みどり『絵画を読む~イコノロジー入門』(NHKブックス,1993)を引いて指摘したけど、本誌も
「工事の遅れを叱責しているのだろうか。」としてる(^^) 「ブリューゲル以前、ブリューゲル以後
《バベルの塔》大集合」が色々な作品を紹介してて面白いけど、今号で一番びっくりさせられたのは
「目指せ、世界一! 古今東西、巨大建築選手権」という企画で取り上げられてた福島県南相馬市の
「原町無線塔」( ̄◇ ̄;) この企画の選者の五十嵐太郎も「初めてこの塔の写真を見たとき、本当に
これが存在していたとはにわかに信じられなかった。あまりにも細く、そして美しく空にのびていく
プロポーションが非現実的に思えたからだ。」と記してるけど、手前の人々の大きさと比べるとマジ
「信じられ」ないよ(゚o゚;) 目を凝らしたのは「人間的な、あまりに人間的な 篠山紀信、ラブドール
を撮る」で、「本物のモデル」と「ラブドール」(昔は「ダッチワイフ」と呼ばれてた)が、マジで
見分け無理^_^; 第2特集「21世紀が再発見したソール・ライターの心にしみるニューヨーク写真」も
シブく、〈テオドール・シャセリオー「禍」としての才能〉(文・平野啓一郎)も個人的に興味(^^)

ついに朝4時台に目が醒めて5時には活動を始めてるから今日はマジで眠くて死にそう(*_*)
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170424読んだ本

小嶋陽菜(1988.4.19-)卒業で、みどりん詠める「春なれや昭和は遠くなりにけり」^_^; 例によって、
下の句は「それにつけても金の欲しさよ」(..) 昨日のは掘り出し物だったが懐具合は真冬の寒さ(+_+)

【読んだ本】

駒田信二『世界の悪女たち』(文春文庫,1985)所蔵本

「カトリーヌ・ド・メディチ」を読んだが、その内容は澁澤龍彦『世界悪女物語』(河出文庫,1982)
所収の「カトリーヌ・ド・メディチ」で描かれてることと同じ(@_@) ただ、澁澤の方にしか書かれて
いないことがあるね(..) 両方で引用されている、ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』、メリメ
『シャルル九世年代記』、モオロア(澁澤は「モォロワ」)『フランス史』だが、どれも訳文はほぼ
同一も、『フランス史』の引用に駒田に無く澁澤にはある一文が存在して、澁澤が駒田から剽窃した
疑いは晴れる^_^; 更に、アンドレ・モロワ『フランス史[上]』(新潮文庫,1956)には、当該引用
部分の中途に両者とも引用してない一文が存在し、種本が誤引用したことに気付かず孫引きか(゚ロ゚;)
澁澤に〈メリメの『シャルル九世年代記』によると、「血はセーヌ河に向かって四方から流れ来り、
往来を通る者は、たえず窓から投げ出される死骸の下敷になって押しつぶされる危険があった」という
ことである。〉とあるが、メリメ『シャルル九世年代記』(岩波文庫,1952)に当たってみたところ、
当該引用部分の前には「その頃の史家の記録によると、」との断りがあり、しかも、註が付されてて、
巻末に「ドービーニェの「萬國史」(原作者註)。」と(@_@;) このドービーニェを萩尾望都『王妃
マルゴ⑤』(集英社愛蔵版コミックス,2017)が下品な詩人に矮小化して描いてることは前に指摘^_^;
んなことはさておき、「これでもフランス文学が専門で、肩書にはフランス文学者と書かれることが
多い・・・」と『悪魔のいる文学史~神秘家と狂詩人』(中公文庫,1982)の「文庫版あとがき」に
記した澁澤だけど、この『シャルル九世年代記』の原著(&岩波文庫)に目を通してないことが判明
(なお、二宮敬による別訳は未確認)(゚ロ゚;) どうやら、ともに種本から剽窃したか、種本を剽窃した
澁澤(1964年刊の桃源社版単行本)から駒田は剽窃したか、どちらかっぽいな(+_+) もし新潮社なら
例の御自慢の「校閲部」がちゃんと原書や翻訳本もチェックして、原稿に朱が入ってたのかしら^_^;

またМXが映らなくなってきた(+_+) 借りてきた本、読んでいたらまた買いたくなっちゃったよ^_^;
タグ:列伝
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170423読んだ本&買った本

ここまで文章がソックリでも剽窃と評価しないような人は自身も無意識のうちに剽窃してるかも^_^;
故意の剽窃家もそうか^_^; 専門家の著述を例のDeNAまとめサイトの如く剽窃とバレぬよう適度に
改変した上で自らの見解のようにブログに綴る目的は何なのだろう(-_-) さも学識があるかのように
他人から思われたいという承認欲求か^_^; 市販されてる本ゆえバレバレだし、文献名を注記すれば
いいだけなのにそれをしないのは偶々か常習か(@_@) 当該文献を取り上げる際に紹介しようかな^_^;

【読んだ本】

駒田信二『世界の悪女たち』(文春文庫,1985)所蔵本

「ルクレチア」を読んだ(^^) 最初の方に「貞女ルクレチア」こと「古代ローマ王国の貴族ルキウス・
タルキニウス・コラチヌスの妻」の話が少々あるけれど、本篇のほとんどは「淫婦ルクレチア」こと
ルクレチア・ボルジアの話(^^) 特にメモるようなことはなかったが、気になる文章が散見された(..)
〈ジョバンニは不貞の妻の助けによって「ボルジア家の毒薬」の犠牲者になることをまぬがれたわけ
である。〉と「・・・夫は夫で、不貞の妻に助けられて、有名なボルジア家の毒薬の犠牲者となるのを
辛くも免れたことになるわけである。」(@_@) 「当時フェラーラは最も洗練されたルネッサンス文化の
中心地の一つであったし、アルフォンソ一世は武人であるとともに文芸を愛したので、フェラーラの
宮廷は、芸術家やヒューマニストたちのあこがれの場所になっていたのである。」という文と「当時、
フェラーラといえば、最も洗練された気品の高いルネッサンス文化の一中心であった。そして彼女の
夫となったエステ家のアルフォンソ一世は、当時の名君の例にもれず、武人であるとともに文芸を愛し、
フェラーラの宮廷をして芸術家、ヒューマニストの憧憬の地たらしめたひとである。」という文(゚ロ゚;)
更に「彼女は豪華な宮殿に住み、アリオストやベンボなどの著名な詩人、ティツィアーノなどの著名な
画家を宮廷に招いて、彼らと芸術を語ったり自ら詩を作ったりした。詩は子供のときから興味を持って
いて、作っていたのである。」と「フェラーラでは、彼女は豪華な宮殿を営み、宮廷にアリオスト、
ベンボなどの著名な詩人や、ティツィアーノなどの画家を招いて、彼らと芸術を語ったり、あるいは
自分でも詩を作ったりした。詩作は子供の時からやっていた。」( ̄◇ ̄;) それぞれの後の方の文は、
澁澤龍彦『世界悪女物語』(河出文庫,1982)所収の「ルクレチア・ボルジア」という一篇から引いた
もので、他の篇でも指摘したけど、チト似すぎてませんかね(@_@) ①一方が他方を剽窃した ②共通の
種本から2人とも剽窃した ③一方が他方のゴーストライターを裏で務めてた ④駒田信二と澁澤龍彦は
実は同一人物だった、のどれか(@_@;) 酷似書名でも担当編集者は他社の本は読まないのかな(+_+)

【買った本】

上坂信男&神作光一&湯本なぎさ&鈴木美弥全訳注『枕草子(上)』(講談社学術文庫,1999)
犬養孝『万葉の旅(上)―大和―』(現代教養文庫,1964)

昨夜も進撃の巨人リアル視聴で(性別が謎だけど、ナナバ気に入ってたのに(;_;))寝不足となり、
死にそうだったのだが、そうはいってられず、缶コーヒー2本両手に図書館まで遠征してきた(+_+)
ただ、買う必要あるかどうか確認しようと思ってた本は古本で昨日ネット注文しちゃったけど(..)
西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)を読んでから、枕草子を読む必要性を感じて、
その入り口として、杉本苑子『わたしの古典 杉本苑子の枕草子』(集英社文庫,1996)をネットで
購入したのに併せ馬がいないため(併読・参照する注釈書が無い意)、読めなくて困ってた(+_+)
数ある注釈書の中でどれが良いのか分らず、選書の指針としてる百目鬼恭三郎『読書人読むべし』
(新潮社,1984)も何故か枕草子については論じてない(..) 百目鬼の他の著作もざっと調べたけど、
『風の書評』(ダイヤモンド社,1980)が、秦恒平『枕草子』を酷評した回で「それから、訳者は、
専ら萩谷朴の校注による新潮日本古典集成本にたよっているようだが、萩谷は時としてとんでもない
独断をふり回す癖のあることに注意すべきだった。」とある程度(その例証は説得力があった)で、
『日本文学の虚像と実像』(至文堂,1969)の「清少納言~王朝文化の徒花」という章も学問的には
既に過去の水準なんだろうけど知的刺激に満ちてて枕草子への興味を更に掻き立てただけだった(..)
仕方ないから図書館で各注釈書を手に取って調べてみた次第(^^) とりあえず自分に合いそうなのは
2種類ほど目星が付いた(^^) ブックオフに寄ったら、その1つがあったので710円だけど早速購入^_^;
万葉集は(今のところ)全く興味ないけど、この犬養の本は『読書人読むべし』にも「・・・実際に
使ってみると、実によくできていて、信用のおける万葉地理案内である。」と推奨されていたことを
思い出して460円だけど購入した(^^) 片桐洋一『歌枕 歌ことば辞典 増訂版』(笠間書院,1999)と
違って、この本には地図も載ってるしね(^^) 他に頼まれてた葉室麟の文庫本108円を1冊購入した(^^)

次田香澄校訂『玉葉和歌集』(岩波文庫,1944)
久曾神昇&樋口芳麻呂校訂『新勅撰和歌集』(岩波文庫,1961)
南波浩校注『紫式部集 付 大弐三位集・藤原惟規集』(岩波文庫,1973)
久保田淳校注『千載和歌集』(岩波文庫,1986)
倉田喜弘編『江戸端唄集』(岩波文庫,2014)

別店舗に、岩波文庫の蔵書を吐き出した方がいて(共通して独特の形状にカットされた付箋が中に)、
しかも、どれも新品のようなコンディション(゚o゚;) 新勅撰には2009年春リクエスト復刊、千載には
2012年夏の一括重版、玉葉には2013年春リクエスト復刊の帯がそれぞれ付いてたけど、元の蔵書主に
感謝m(__)m 欲しかったのは千載260円だけなんだけど^_^; 玉葉710円と新勅撰410円は注が無いから、
小生には役に立たなさそう(..) 現に新勅撰は今年借りたけど、必要な歌をチェックしたら、巻末の
解題を読んだだけで速攻で返却^_^; 紫式部集410円は注が付いてるけれど、『読書人読むべし』には
「・・・注が簡単にすぎて、これだけでは一般読者には解読しかねよう。」と評されてるからね(+_+)
ただ、同書も指摘するように「併録している」のがあるから、いつか何かの役に立つかもしれぬ^_^;
江戸端唄集410円は「端唄 源氏物語」と「都々逸 百人一首」も収録されていたので購入してみた(^^)

GW前に早くも臥薪嘗胆作戦失敗だが『金槐和歌集』までは買わなかった自分を褒めてあげたい(T_T)
タグ:古典 列伝 和歌
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170422読んだ本

「モデル前田典子さんは、何歳でしょうか?」という広告が出る度に「万貴妃!?」と呟いちゃう^_^;
体力や気力も見た目と同じかしら(@_@) 某書を盗用したとしか思えないブログを昨夜発見したために
また就寝が遅くなってしまって今日も寝不足(+_+) 昼前に町の外れまでコピーを取りに行っただけで
尋常ならぬ疲れが出て今日も図書館は断念(;_;) 出席はしてても参加してなかったことを示すために
名前しか書かれてない出席カードを何枚もコピーするという無駄な作業に精神的にも疲れちった(+_+)
質問や感想を書く気がないと気を入れて聴くこともないから学ぶはずもなく不出来な結果も当然(-"-)

【読んだ本】

駒田信二『世界の悪女たち』(文春文庫,1985)所蔵本

「万貴妃」を読んだが、彼女については、駒田信二(著)村上豊(絵)『中国妖女伝』(旺文社文庫,
1985)を「また、つまらぬ物を読んでしまったorz」で取り上げた際に些か言及済み__φ( ̄^ ̄ )メモメモ
明の第9代皇帝憲宗が見初めたのは47歳の時だそうだが、晩年も「万貴妃はすでに六十歳だったがまだ
ようやく三十歳になったくらいにしか見えなかった。」(゚ロ゚;) 次の「日野富子」は、『応仁広記』に
義尚は「・・・富子が皇室の費用を弁ずるため宮中に出入りしているうちに、天皇とのあいだにできた
子であるという噂があった、と。/とすれば、二度目の出産で女が生れたときにも、同じような噂が
あったのかもしれない。その子が生れたあとすぐ、義政が弟をあとつぎにきめたということは、従って、
富子に男の子が生まれないと考えたからではなく、生まれても自分の子ではない、という富子の不義に
対する憤りからだったとも考えられる。」(@_@) 杉本苑子『対談 にっぽん女性史』(中公文庫,2008
改版)を読んだ時にもメモった「噂」だけど、最終的には義政は義尚を後継者にしたわけだしねぇ^_^;
流石の駒田信二も日本史には弱いのかしら(..) 国文学者は中国文学に不勉強だし、求む!二刀流(+_+)

昨夜から寒い(+_+) 来月コミック新刊を見落として贅沢できなくなり古本でしかも全額ギフト券で(..)
タグ:中国 列伝
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170421読んだ本

GWのブックオフ・セールでの無駄遣いを悔いた昨年の記事を毎日閲覧する臥薪嘗胆作戦開始(+_+)
マジで金が無いから今月末期限のポイントを使い半額以下で文庫本を1冊買う程度しか余裕ないけど
買う価値あるのか確認するため目当ての本を図書館で確認したくても寝不足で体調悪く行けぬ(+_+)
その上マジで時間の無駄としか言いようがない文書を作成提出せねばならなくなったこともあって
二条院讃岐の新古今集入集歌を休憩時に各注釈書で読み比べるのが最近の日課なのに今日は1首(+_+)

【読んだ本】

駒田信二『世界の悪女たち』(文春文庫,1985)所蔵本

「北条政子」を読んだ(^^) 「稗史には、・・・」として品のないアホなことを紹介しているけど、
ソレを基にして〈しかし頼朝はその後も政子がみごもるたびに妾を置き、政子を嫉妬にくるわせた。
「ずぶ濡れ」になる女だけに、嫉妬も人一倍強かったのであろう。〉だとさ^_^; 細かいことだが、
「平治の乱(一一五九)のとき、平清盛は、敗れて東国へ逃げる源義朝を追討って殺したが、その
三人の子、頼朝・範頼・義経は、捕えたものの、命を奪うことはしなかった。」との記述は疑問(..)
範頼について「父・義朝が敗死した平治の乱では存在を確認されず、出生地の遠江国蒲御厨で密かに
養われ、養父の藤原範季が東国の受領を歴任する応保元年(1161年)以降、範季の保護を受けたと
考えられる。」とwikiも記しているじゃん(+_+) 清盛が範頼を「捕えた」という話は知らんなぁ^_^;

2通作成し印刷も用紙にピッタリ嵌まったから寝床での読書再開か(^^)v でも寝不足だからなぁ^_^;
タグ:列伝
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170420読んだ本

「寝酒」は「しんしゅ」とも読むと勘違いしてたから「寝書(しんしょ)」もあるかと思ってた^_^;
「寝本(ねほん)」はちょっと・・・^_^; 昨夜は寝床で読む予定の本を変更したら寝落ちした(+_+)

【読んだ本】

駒田信二『世界の悪女たち』(文春文庫,1985)所蔵本

「南宋の第二代の天子孝宗(在位一一六二―八九)のとき、慶遠節度使だった李道は、湖北で、観相の
大家として知られた道士・皇甫坦に出会った。」で始まる「李皇后」を読んだ(^^) 李道の四女を観て、
皇甫坦は「あの方には、天下の母となられる相があらわれております。」と李道に述べたそうだけど、
その後、光宗の皇后となって寧宗の母となるプロセスを見ると、マートンの自己成就予言だった^_^;
李皇后の「悪女」ぶりが例の如く凄いんだけど、「念願どおりわが子の帝位についたのを見たためか、
李氏の驕恣なふるまいは次第におさまり、・・・」というのが、チト不思議(@_@) やはり女は謎だ^_^;

昨日まで4日連続で最高気温25℃以上の夏日だったから今日は過ごしやすいというより寒く感じた^_^;
タグ:中国 列伝
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170419読んだ本

猫さんの気持ちはさっぱり解らないけれど、鳥さんの気持ちは「忖度」できるということなのか^_^;

【読んだ本】

久保田淳校注『新潮日本古典集成 新古今和歌集』上巻(新潮社,1979)所蔵本

時間があったので、新古今集を摘読(^^) 二条院讃岐の歌番号237「さみだれの 雲間の月の 晴れゆくを
しばし待ちける ほととぎすかな」を、「ほととぎすはさみだれを降らせた雲が晴れて、月が照るのを
しばらく待っていたのですね。雨があがった今、月の光の中で鳴いています。」と本書の現代語訳(^^)
「雨後の月の光とほととぎすの声と、美しいものが取り合わされているのを興じて、ほととぎすも同じ
ことならば美しい月の光の中で鳴こうと、しばらく待っていたのだなと、人間心理に即してほととぎす
の心を忖度したのである。」と久保田淳『新古今和歌集全注釈 一』(角川学芸出版,2011)の語釈に
あるように、「擬人化」(本書)(^^) 特に凝ったところもない歌だけど、ホトトギスに対する親しみ
が感じられて好き(^^) 彼女に限らず、「王朝びと」全般に通ずるものだけどね^_^; また二条院讃岐の
歌番号130の「山高み 峯のあらしに 散る花の 月にあまぎる 明け方の空」の歌意は、「山が高いので
峰を吹く強い山風のために散る花が有明の月を曇らしている、明け方近くの空よ。」と同書にある(^^)
「散る花」で「月」が「曇」ってしまって見えないとは、格調高くスケールの大きい長高体の歌か(^^)
同書「鑑賞」も「女歌としては大きな歌がらの作である。」と評するがフェミちゃんに叱られるぞ^_^;
「・・・下の方から見上げた意・・・」(石田吉貞『新古今和歌集全註解』[有精堂出版,1960])とは
いえ、「散る花」で「月」が隠れちゃうなんて、高さ的に無理があるだろ、と思ったのだが、窪田空穂
『完本新古今和歌集評釈』上(東京堂出版,1964)の語釈の〈「月」は明け方の低くなっている月。〉
から「明け方の空」に込められた意に気付いた^_^; 大らかな詠いっぷりに目が行きがちだけど、実は
よく作り込まれた歌でもあると理解(^^) 「落花を曙の薄明のうちに見るのは、当時愛されていた心で
ある。また、自然を広く捉えようとするのも、当時の心である。さらにまた、静的よりも動的なところ
に趣を感じるのも当時の風である。この歌はそのすべてを持っている。山近いあたりの明け方の空の
静かさに、にわかに嶺の嵐を起こし、落花で、月光の曇る瞬間を捉えているのは、その静を動として、
また色彩的にするゆえんである。当時の好尚を集め来たった感のある歌である。」と、窪田の評が解き
明かすように、いかにも新古今集らしい絵画美、てゆーか、映画のワンシーンのよう(^^) 〈本来雪や
霧・霞などの天象に関していう「あまぎる」を用いたのは、「散る花」を暗に雪に見立てているからと
考えられる。〉と本書の鑑賞注にはある(@_@) 「山が高いので、烈しく吹く峰の山嵐に花が散り、その
花吹雪が月を曇らせている明け方の空」という現代語訳にも活かされてる、この指摘は、久保田淳訳注
『新古今和歌集』上(角川ソフィア文庫,2007)には勿論、『新古今和歌集全注釈 一』(角川学芸出版,
2011)にも載ってない(@_@) こーゆーのがあるから、わざわざ本書も買い求めたわけだけど、この歌は
春歌、しかも春歌下に入っているのだから、「暗に雪に見立てて」と言われるとチト違和感もある^_^;

愉しい読書タイムも終了(;_;) 余計な仕事を作ってくれた2名のナントカにつける薬がほしい(-"-)
タグ:古典 和歌
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170418読んだ本

ゆみくじでの巫女さんの喜びようを見ると当たったポイント以上に何か嬉しく思えてくるよ^_^;

【読んだ本】

角田喜久雄『恋慕奉行』下(春陽文庫,1990新装)所蔵本

寝不足で死にたくはないので何晩か休読日を設けたために時間はかかったけど読了(^^) 以下は、
思い付くまま覚書^_^;「上巻で謎も解けて敵の正体・目的・動機も判明しちゃった」と書いたが、
敵がもう一人いたの忘れてたし、下巻に入ると新たな謎の人物が出現^_^; 敵が目的とするブツは、
柴田錬三郎の真田十勇士(すがやみつる or 本宮ひろ志の漫画版のことで、柴錬の文春文庫2冊は
持ってるけど未確認)にも出てくるから、伝奇時代小説では結構ポピュラーな設定なのかしら(..)
wikiによれば「半九郎四部作」の第一作目に当たるらしいが、水木半九郎は主人公なのかなぁ^_^;
上巻から狂言回しの如く要所要所で現われヒントを授けてくれる人物が鍵かと思って読んでたけど、
上巻カバーそでにあるように〈「大岡政談」に新機軸を拓いた・・・」〉といった感じだった^_^;
アマゾンのカスタマーレビューの言葉を借りれば、まさに「ジェットコースター」のような展開で、
救われそうと安心したら再び罠に落ちるの繰り返しで、読み手を何度も翻弄してくれるからね^_^;
読み始めたら止められない理由として、入院中に読んだ松本清張の文庫本で気付いて指摘した点が、
この文庫本にも当てはまった(^^) しかも、この文庫本は章見出しの活字が本文と大きさがほとんど
変わらない上に前後も一行しか空いてないから、ざっと見た限りでは、どこから次の章かが分らず、
切りのいいとこまでにしようとしても出来なかった^_^; 不思議なのは、wiki情報だと、この作品は
新聞連載だったらしいが、新展開の連続や登場人物の多さに読者は毎日ついていけたのかしら(@_@)
小生は何度か前の頁を見直すことできたわけだけど、新聞小説の愛読者は毎日保存してたのかな^_^;
この作品の続篇の執筆依頼を当時新聞記者だった司馬遼太郎がしたことがwikiに出てるから、人気が
あったことは間違いなさそうだけど^_^; 個人的には『寝みだれ夜叉』の方が巻措く能わざるという
感じだったし、『まぼろし若衆』の方が面白かったなぁ^_^; 理由ははっきりしてて、この作品は、
ストーリーのキモである謎のほとんどが透けてた、てゆーか、見通せたことが1つで、もう1つは、
キャラが立ってなかった(..) 敵役は魅力が無いし、ヒロインは木偶の坊で、脇役っぽい人物の方が
化けそう^_^; 個人的には、「お妻さん」が気風も良く、シリーズヒロイン化してほしかったな^_^;

夜中に目が醒めるわ、朝も早く起きてしまうわ、と寝不足で死にそう(+_+)
タグ:小説
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170417読んだ本

それでは問題です(^^) 悪玉トリオが勝つ回が唯一あるタイムボカンシリーズは何でしょう? 正解は、
越後製菓(._+ )☆ヾ( ̄ヘ ̄; )高橋英樹のつもりかよっ!「逆転イッパツマン」に決まってんだろ!!

【読んだ本】

大塚康生『作画汗まみれ 増補改訂版』(徳間書店,2001)所蔵本

別冊宝島737号『完全保存版「ルパン三世」PERFCT BООK』(2003年)には、「ルパン三世
30年の回顧と新たな可能性を見つめて」と題した、大塚康生への「スペシャルインタビュー」が収録
されてる(^^) その冒頭は〈まずはじめにお断りしておかなければなりませんが、「ルパン」は第1回
放映からすでに30年以上が経ち、その間さまざまなところでルパンについて語られていて、いまさら
未公開の秘話があるわけではないということ。それに僕が作画にかかわった「ルパン」は全映像の
60分の1程度にすぎません。アニメの「ルパン」はもっと大勢の人にスポットライトを当てないと
公平さを欠くのではないかという思いがあって、例えば青木悠三さんなんかの話をききたいなぁ、と
思っています。その2点について了解をいただいたうえで、話を進めたいと思います。〉というもので、
御人柄も感じさせるが、前段にあるように、「ルパン」は語り尽くされてて、専門家・研究者はだしの
マニアもいるだろうから、知ったかぶりでもしようものなら、ただちに恥をかいちゃう危険なネタ^_^;
いわゆる「旧ルパン」は視聴率低迷により、途中で「・・・当初のコンセプトにこだわりを持っていた
大隅正秋氏は演出を降りることになり、代わって当時、Aプロダクションに所属していた高畑勲、宮崎
駿両氏が演出を担当することになったのは今では広く知られているところです。」と同インタヴューに
あるように、そんなの常識と思ってたので、昨日は根拠を示さなかったけど、他人様の書かれたものを
難ずる以上、一日遅れで例証しておくことにした^_^; 作品のスタッフとして高畑勲と宮崎駿の名前が
クレジットされていない理由も、「また東映動画時代からの付き合いである僕のために、ということも
あって匿名ならという条件で演出をお願いすることができたと思います。」とインタヴューにある(^^)
実際には、「演出」にとどまらず、「コンテからの描き直しだけでなく、なかには宮崎さんにも大量の
原画をお願いする話数もあるという事態になってしまいました。/キャラクターは本来私が全部作ら
なければならないのですが、宮崎さんが一部のキャラクター作りにも関与して、のちの宮崎アニメの
片鱗をみせていますし、キャラクターの出し入れが整理されているところなどに高畑さんの参加が生き
ています。」と本書にある(^^) だから「宮崎のテイストが感じられるエピソードや絵柄も多」いのは、
当然で、それなのに「宮崎の方が影響を受けているのかも?」なんて書かれちゃ、目が醒めるよ^_^;
それにしても、「ルパン三世のTV版第1シリーズ。」の後半から宮崎駿らも参加している事実は、
wikiにすら記されているのに、「宮崎駿は参加していないのですが」などとブログに書いちゃうのは、
たぶん作品に宮崎駿の名前がクレジットされてないから、誤解したんだろうね(..) 書物とか絵画とか、
その作品に著者・作者としてクレジットされている人物が真の著者・作者とは限らないじゃんね^_^;
学術論文では一行も書いてないのに執筆者になってる偉~い人もいるみたいだし、逆に指導教授が
手を入れまくってて執筆者となってる若手が書いた元原稿は実は痕跡すら残ってないとかあるし^_^;
作品に出てる情報だけで論じること自体に無理がある(..) 印象批評なら批評する側が誰か次第か^_^;

ウチは十年以上前に根刮ぎ取り除いちゃったけど桜の樹のある家は落ちた花弁の処理が大変そう(..)
タグ:回顧録
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