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170607読んだ本&買った本

楽天のセールも近そうだから購入する価値があるのかどうか図書館で確認してこなきゃ(´・ω・`)

【買った本&読んだ本】

藤本一恵(全訳注)『後拾遺和歌集(一)』(講談社学術文庫,1983)

最近は寝不足のことばかり書いてるが、依然として本を買う金など無い(T_T) 299円と安かったから
試しに買ってみただけ^_^; 後拾遺和歌集の印象が最悪だったから(..) 百目鬼恭三郎『奇談の時代』
(朝日文庫,1981)が、「・・・住吉神社の神主だった津守国基は、撰者に小鰺の樽を贈って『後拾遺
和歌集』に自分の歌を多く入れてもらい、そのためこの勅撰集には「小鰺集」という仇名がついた、
・・・」という『井蛙抄』の話を紹介した後、「『後拾遺和歌集』の撰者は藤原通俊だが、これは
おそろしく評判の悪かった勅撰集で、これが出ると、源経信が『難後拾遺』という論難書を書いた
ほどである。」と記してたのが、頭に刷り込まれてたから^_^; 同書によると、通俊の「・・・妹が
白河天皇の典侍だった関係で、・・・」撰者になれたらしいから、「歌壇の第一人者と自他ともに
許す経信が、『後拾遺集』の撰者という栄誉を、三十一も年下の通俊にとられたことは、よほど残念
であったらしい。」(同『新古今和歌集一夕話』[新潮社,1982])というのも、理解できるな^_^;
ただ、他の勅撰集でも同様らしく、「『古今和歌集』に始まる勅撰集の権威は絶大なものがあった
だけに、勅撰集が成立する度に、それへの入集を果した歌人の喜びもさることながら、逆に洩れた
人々の失望や不満も少なくなかった[「『袋草紙』によると、この「小鰺集」という仇名は、秦兼方
が自分の歌を入れてもらえなかった腹いせにつけたのだという。」と『奇談の時代』に]。中でも
王朝末期、崇徳上皇の院宣によって六条家の藤原顕輔が撰進した、第六番目の勅撰集『詞花和歌集』
に対する批判は甚しいものがあり、同集を論難する意味をもって、藤原教長が『拾遺古今』を、また
藤原為経(寂超)が『後葉和歌集』を私に撰した。」と、久保田淳校注『千載和歌集』(岩波文庫,
1986)の「解説」にあった(゚o゚;) また藤原俊成が撰者の勅撰集『千載和歌集』に対しては「・・・
『難千載』を著したという勝命(俊成の妻美福門院加賀と縁続きの僧侶歌人)の非難や中原有安の
批判(鴨長明の『無名抄』に語られている)などもあった・・・」と同「解説」にある^_^; 同訳注
『無名抄 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫,2013)「12 千載集に予一首入るを喜ぶこと」に「この
集を見ると、たいしたことのない人々が、みな十首、七、八首、四、五首と入っているといった場合
が多くある。」(現代語訳)と筑州(中原有安)による千載集批判があり、同「補注」では「・・・
勅撰集が撰進されるとそれを論難する文書や私撰集が出廻るような傾向・・・」が指摘されてた(@_@)
『奇談の時代』曰く「和歌が出世の手段であ・・・」った時代だから、これも仕方ないことさね^_^;

可愛い鳥画像と面白い文章の記事だけnice!してたら削除されたので止めたのに・・・謎だ(´・ω・`)
タグ:古典 和歌
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