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170608読んだ本

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【読んだ本】

藤本一恵(全訳注)『後拾遺和歌集(一)』(講談社学術文庫,1983)所蔵本

すぐ読みたくて注文した本でなくても届いた晩に寝床で何気なくパラパラ眺めて過ごす時間は愉悦(^^)
「作者索引」等は第四巻にあるらしいけど、見付けちゃったよ、昨日言及した、津守国基の歌を(^。^;)
歌番号71「うすずみにかくたまづさと見ゆるかなかすみの空に帰るかりがね」で「空に薄墨色で書いた
手紙のように見えることだ。春霞のなかに帰ってゆく雁[かりがね]は。」との「歌意」(^^) 素人目
には、賄賂(小鰺の樽)など撰者の藤原通俊に贈らなくても、この歌なら入集した気がするのだが^_^;
一見すると言葉そのままで解り易い歌だけど、雁&玉づさ(玉梓・玉章)で有名な紀友則の古今集の歌
を意識してると思うな(^^) 歌番号207「秋風に初雁がねぞ聞ゆなる誰がたまづさをかけて来つらむ」は
片桐洋一『原文&現代語訳シリーズ 古今和歌集』(笠間書院,2005)の口語訳は「秋風に乗って初雁の
声が聞こえるよ。今年の初雁はどなたの手紙を持って来たのだろうか。」で、その脚注には〈雁が手紙
を運んで来るのは漢の蘇武の故事による。匈奴(きょうど)に捕えられて二十年。雁に手紙をつけて
放したのが天子のもとに届き、帰郷出来たという話。「漢書」蘇武伝によれば雁の足にかけたとある。〉
(^^) 雁と手紙とが斯くも密接なものと理解されて歌に詠まれている中で、国基は雁が運ぶ手紙ではなく
雁(の列)そのものが手紙に見えると詠んだ巧さ(^^) それに「か(書)くたまづさ」と「たまづさを
か(掛)けて」、詠まれた時に耳に入る音にも気を配ってると考えるのは素人ゆえの深読みかしら^_^;
本書によると本歌があるようだけどね^_^; なお、西村亨『王朝びとの四季』(講談社学術文庫,1979)
には、「そういう[蘇武の故事に関する]知識も王朝びとがもっていたことは疑いがないが、雁の使い
に託して遠く離れた人と音信を通じようという考えは、記紀の歌謡にも『万葉集』にもその例がある。
日本人が古くから鳥に対していだいていた霊魂信仰に基づく感覚で、たまたま近隣の民族にも、似た
ような習俗や感受があったものなのであろう。」と中国起源を否定するのが気になるところ(@_@;)
逆に片桐は王朝びとが秋をもの悲しい季節と感じるのすら「淵源は中国」とする点は前に書いた(..)
・・・と、ここで思い付いて、川口久雄全訳注『和漢朗詠集』(講談社学術文庫,1982)を見てみたら、
「雁碧落に飛んで青紙に書く」(雁が列をなして青空を飛んでゆくのは、ちょうど青い紙に文字を書き
流したようです。)とか、「青苔の色の紙の数行の書」([気持ちよく晴れた秋の空を雁の列が飛んで
ゆく姿、それは]青苔でつくった色紙に書き流した数行の蘆手がきの文字のすがたです。)といった
詩句が既にあったわ(@_@) でも、文字から手紙へと大きな跳躍があったと捉えるべきなのかしら^_^;

予報が大ハズレな上にニュース速報で天気予報やらなかったのは理解できても朝ドラはやるのかよ(-"-)
タグ:古典 和歌
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