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170616読んだ本&買った本

書評ブログしてる男は美術館で薀蓄を語ってナンパを試みる「ちょいワルジジ」予備軍(^^)ヾ(-_-;)オイ...
対象本の内容しか紹介しない人は別^_^; 中野京子『名画の謎 旧約・新約聖書篇』(文春文庫,2016)
巻末の野口悠紀雄「解説 本書を読んで教養を高め、尊敬を勝ち取ろう」も「教養が高まることの効用
は大きい。本書にある絵が、(「東方三博士の礼拝」のように)稀に日本で展示されることもある。
そんなチャンスがあったら本書で勉強し、ガールフレンド(またはボーイフレンド)と見に行こう。
尊敬されること、請け合いだ。」とするが、同書を信じると恥をかく危険が高いことを思い出した^_^;

【買った本&読んだ本】

藤本一恵(全訳注)『後拾遺和歌集(二)』(講談社学術文庫,1983)
藤本一恵(全訳注)『後拾遺和歌集(四)』(講談社学術文庫,1983)

金が無いから、ともに「可」だけど、898円&965円と安いのを注文(T_T) でも、(非常に)強いヤケ
があったぐらいだった(^^) 第四巻の巻末「解説」に「歌人数は三二〇人を越えるが、・・・一六一名
という約半分をいわゆる一首歌人で占めている点など、・・・」とあるのを読んで、知らない歌人が
多いはずだよと得心^_^; この「解説」の冒頭で提示されてる謎が面白かった(^^) 「『古今集』から
『後撰集』まで約五〇年、『後撰集』から『拾遺集』まで約五〇年であるから、この『拾遺集』から
『後拾遺集』までの約八〇年という間隔はいかにも長いようにおもわれる。/しかも、この八〇年間
は、主として道長、頼通の摂関時代で政局も安定しており、平安時代においてもっとも文芸の盛んな
時期でもあったのである。」と(@_@) しかも、「このように、表面花やかな作歌活動が行われ、多数
の歌が生み出されていたのであるから、すくなくとも永承・天喜のころ(一〇四六~一〇五八)には
勅撰集の企てがあってもよかりそうであった。当時、後冷泉天皇の治世下で、関白頼通の絶大な後見
を得て政局は安定していた。もし、この両人にその気さえあれば、後冷泉帝の勅を然るべき歌人に
下して勅撰集撰進のこともあり得たはずである。しかし、ついにそのことなく、その実現は三〇年後
を俟たねばならなかったのである。」という不思議(@_@;) 藤本一恵は別説を唱えるが、「中でも、
勅撰という天皇の権威を示す事業を当時の真の権力者であった藤原氏が許さなかったという説で、
親政の復活を待ってただちに『後拾遺集』が編纂されたこともその証左であるとする考えである。」
というのは面白く思えた^_^; よく理解できないけれど(偏に小生の無教養と無関心なテーマゆえ)、
インスパイアされることもあるので、毎日拝読してる「長さん」様のブログ〈「だい将棋」の謎〉が
「・・・院政期に院政派が、王将の使用を進め、天皇等日本の中枢の威光を借りて、玉将を王将に
変えようとしたが、藤原姓の一族が、その後も、玉将を使い続けたため、うやむやかつ、並存状態で、
今日に至っている・・・」と書いてるのを今日読んだばかりだからかも^_^; 色々と学ぶことの多い
「解説」だが、第一巻に収録の2首について「・・・時あって再版になることもあれば訂正したい。」
とあるのは、小生が入手した第一巻は第一刷だったので、この第四巻を入手できてマジ良かった^_^;

またnice!削除されたので訪問すら遠慮したのに再訪問してくる真意が分らんが恋の駆け引きかよ^_^;
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