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170702読んだ本

再放送してたなんてマジかよ(゚ロ゚;)ナンデスト!? どうして誰も知らせてくれねーんだよぉ(´;ω;`)
でもHDDは30分しか余裕ないから火曜夜はガンダムSEEDの予約録画で精一杯w(゚o゚)wオー!ノー!

【読んだ本】

芸術新潮2001年2月号所蔵誌

特集「与謝蕪村 江戸ルネサンス最大のマルチアーティスト」読了(^^) 佐々木丞平&佐々木正子が、
「これまではとかく、俳人としての蕪村と画家としての蕪村が、バラバラに評価されてきたように
思います。しかし、そのような手法では、蕪村の真の姿はみえてきません。そうではなくて、異なる
ジャンルにおいて非常に高いレベルの達成を遂げた総合芸術家としてトータルにとらえる必要がある
と思います。」と「解説」(^^) 「彼こそは、詩・書・画、いわゆる三絶をきわめた、たぐいまれなる
マルチアーティストであった。」と編集部も評するけど、両佐々木の「・・・詩書画が一体となった
蕪村の世界・・・」との評言の方が的確か^_^; ちなみに「意外かもしれませんが、蕪村が俳人として
認知されたのは、近代以降、実は正岡子規が蕪村を俳人として再評価してからのことだったのです。
それまでは、どちらかというと画家として認識されていました。」というのだから、マジ正岡子規の
影響力の大きさは凄いわ(゚o゚;) さて、蕪村の(概略だけど)生涯を辿りながら、その作品を「解説」
してて、蕪村に詳しくない小生は勉強に(^^) 「銀閣寺は、金閣寺(鹿苑寺)とともに相国寺に属する
寺なのですが、華麗な金閣寺が若冲を襖絵に起用したのに対し、いぶし銀の銀閣寺が蕪村と大雅を
選んだというのはおもしろい。画面の方から鑑賞者に訴えかけてくる絵と、画面の奥に踏み込んで
初めて美しさがわかる絵と、それぞれ金閣・銀閣で分けているんです。」などなど興味深いね(^^)
「蕪村の絵で、俳諧的感覚がよくうかがえるもの・・・」を訊かれて、先ず《鳶鴉図》を挙げて
「花鳥画でお馴染みの鶴や鷲、孔雀といった鳥ではないことに注意しましょう。普通の絵師なら
美しい鳥を美しく描くことを目指しますが、蕪村は違う。鴉や鳶という庶民的な鳥に自分を投影し、
その鳥たちが厳しい自然と戦ったり耐えたりする姿を、思いやりをもって見つめているんですね。
そこには俳諧師としての蕪村の心的世界が感じられます。」(^^) 「《夜色楼台図》も、単に雪景色
を描きたかったのではないでしょう。暗い夜空との対比で、より美しさを際立たせる雪の白、その
白い屋根の下にほんのりと灯る明かりを通して、人間の営みの温かさを描いているんです。蕪村に
とって夜は、俳句でも絵画でも大きなテーマでした。絵は普通、昼の光のもとで描かれるものであり、
夜景を一度も描かないで生涯を終える画家は多いでしょう。ところが蕪村は、モティーフの形も色も
つかみにくい夜を、あえて描こうとする。蕪村の狙いは、夜の持つ雰囲気や人々の夜に対する心情
といったものにあり、そこには俳諧と通じるが感じられます。」(^^) 塚本学(文)&一ノ関圭(絵)
『江戸のあかり~ナタネ油の旅と都市の夜』(岩波書店,1990)が「なの花や月は東に日は西に」
という蕪村の句を挙げて蕪村が生まれた当時の大坂の周辺は「一面の菜の花畑という風景が見られる
ところがあったのです。」と記してたのを思い出す(^^) ただ、「断定はできないのですが、彼は
故郷に対して何かしら暗いイメージをもっていたのではないでしょうか。というのも、若いときに
[摂津国の]毛馬を離れてのち、蕪村は一度も故郷に帰っていないのです。」とあったけどね^_^;
絵画作品も良かったけど、紹介されてた句でメチャ小生のツボだったのが、「雲を呑[のん]で花を
吐[はく]なるよしの山」(^^) 擬人化してユーモラスなとこは俳諧らしいし、「雲」に(春)霞の
意も含めてるなら、「よしの山」「花」ともども新古今風の和歌の伝統も踏まえた句と解せそう(^^)

「BLACK LAGOON」やってたの気付かぬとは一生の不覚(;_;) 漫画も連載再開してたとは(゚ロ゚;)マジ!?

[追記170715]

蕪村の「雲を呑で花を吐なるよしの山」を上述のように解したのは見当違いであったことが判明^_^;
同句に関して、雲英末雄&山下一海&丸山一彦&松尾靖秋(校注・訳)『新編 日本古典文学全集 72
近世俳句俳文集』(小学館,2001)232頁に「前書で句作の情況は明らかである。激しい風雨をついて
吉野山を下ってゆく。全山厚い雨雲におおわれ、風に吹きちぎられた桜の花びらは雨に混じって飛散し、
視界をうずめるほどだ、の意。」とある^_^; 当たり前のことだけど前書とか詞書は要確認ですな^_^;
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