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170716読んだ本

試験をやっている教室を覗き込んだら、答案を提出し終えた受験者が机上の消しゴムのカスを集めて
問題用紙にのせ、教室の外のゴミ箱に捨てて帰って行った(゚o゚;) そんな奇特な人、初めて見た(^。^;)
ちなみに小生は受験者でも出題者側でも試験監督員でもなく、試験とは無関係な通りすがり(´・ω・`)
通りすがり? そんな名前の人知らないっ(._+ )☆ヾ( ̄ヘ ̄; )紗霧の台詞、使い方が違うだろうがっ!

【読んだ本】

水原一(校注)『新潮日本古典集成 平家物語』上(新潮社,1979)

また杉本圭三郎(全訳注)『平家物語(二)』(講談社学術文庫,1979)の「蘇武」の章の一節^_^;
〈田にいくらもありける鴈ども、蘇武に見なれて、おそれざりければ、これはみな我古郷へかよふ
ものぞかしと、なつかしさに、思ふ事を一筆に書いて、/「相かまへて是漢王に奉れ」/と云ひ
ふくめ、鴈の翅にむすび付けてぞはなちける。かひがひしくもたのむ鴈、秋は必ず越地より都へ来る
ものなれば、漢昭帝、上林苑に御遊ありしに、夕ざれの空薄ぐもり、何となう物哀れなりけるをり
ふし、一行の鴈とびわたる。〉(繰り返し記号の部分は書き変えた)という件で、〈現代語訳〉は
〈田の面[も]に数多くおりていた雁は、蘇武を見馴れて、恐れなかったので、これはみなわが故郷
に通う鳥かと、なつかしく、望郷の思いを一筆書いて、/「心にかけて、きっとこれを漢王にさし
上げよ」/と言いふくめ、雁の翼に結びつけて放した。田の面の雁は、頼み甲斐あって、秋には北国
からかならず都へ飛びわたるものである。漢の昭帝が、上林苑で宴遊なさっていた折、夕暮の空は
薄ぐもりでなんとなく物哀れに感じておられたとき、一列の雁が飛びわたって来た。〉とある(@_@)
蘇武の故事で手紙を結び付けたのは雁の足とフツーされるのに、何故か翅(翼)に結び付けてる点で、
新古今集の紫式部の「北へ行く 雁のつばさに 言伝てよ 雲の上書き かき絶えずして」を連想させる
ことを昨日指摘したわけだが、そこで新たに気になる点が(..) 「・・・鴈、秋は必ず越地より都へ
来るものなれば、漢昭帝、上林苑に御遊ありしに、」の「越地[こしぢ]」は間違いジャマイカ^_^;
杉本による〈語釈〉は「越地」を「北陸路をいうことから、転じて北国のことをさしていう。」由、
だけど、「漢」の「都[長安]へ」飛来したという文意だから、「北陸路」という日本の地域名が
出てくること自体おかしく、そこからいくら「転じて」も論理的には〈日本の北国〉にすぎぬ(^。^;)
梶原正昭&山下宏明(校注)『新 日本古典文学大系44 平家物語』上(岩波書店,1991)131頁の脚注
二五「こし地」も、「本来は北陸地方のことだが、ここでは広く北国の意。」としてて、「本来は」
とか「ここでは広く」とかから、本義ではないことや例外的に拡大解釈したことが伝わってくるし、
市古貞次(校注・訳)『新編 日本古典文学全集 45 平家物語①』(小学館,1994)180頁の頭注四
「越地」も〈底本「こし地」。越路。日本の北陸道をいうことが多いが、ここは北国ぐらいの意。〉
とあり、「ぐらいの意」って、高田純次かユースケ・サンタマリアみたいなテキトー感^_^; 結局、
「越地」は〈日本の北陸道〉あるいは〈日本の北国〉の意味でしかなく、これを無限定の〈北国〉
として中国の北方地域も含むと解するのには無理があり、ここは素直に平家物語の作者が「湖国」
(杉本の〈語釈〉は「中国北方の匈奴をさす。」)とすべきところを「越地」と誤記してしまった
と捉える方が合理的だろ^_^; そして、それは父の任国の「越前」(福井県の中・北部にほぼ相当)
へ旅立つことになって女友達に対して詠んだ紫式部の上記の歌が、平家物語の作者の脳裏にあった
ために起きたと小生は推理する^_^; 片桐洋一『歌枕 歌ことば辞典 増訂版』(笠間書院,1999)の
「こしぢ【越路】」の項に〈「越」という形でもよまれた。北陸道。今の福井・石川・富山・新潟
県。・・・また秋には雁のやって来る所、春には雁の帰る所としてもよくよまれた。・・・〉とあり、
「雁」から「越」を連想し、また同書も紹介している大江匡房の「越路には誰がことづてし玉章を
雁の使のもてかへるらむ」などの「雁」&「越」を詠んだ他の歌を平家物語作者が意識した可能性
もある^_^; だけど、「鴈の翅」が決定的な証拠で、紫式部の歌が頭に浮かばなきゃ、雁の足を翼に
「改変」したりはしないと思うな^_^; さてさて、本書は底本が違うらしく、本書186頁は「蘇武は、
故郷の恋しき様を一筆書いて、泣く泣く雁の翅にぞむすびつけける。かひがひしくも田の面の雁、
秋はかならず都へ帰り来たるものなれば、漢の昭帝、上林苑に御遊ありけるに、・・・」となってて、
「越地」という文言は出てこない^_^; それに「蘇武」の章は「蘇武と康頼の行動を対照して述べ、
概括した、この挿話の結び・・・」(杉本の〈解説〉)で〆られていて、学術文庫版のは「漢家の
蘇武は、書を鴈の翅につけて旧里へ送り、本朝の康頼は、浪のたよりに歌を故郷に伝ふ。」という
書き出しだけど、この件も本書187頁だと「漢家の蘇武は、書を雁につけて旧里におくり、・・・」と
「の翅」が欠落(@_@) んで、本書188頁の「頭注」に「康頼と蘇武」との見出しで「補説」があって、
そこでは『宝物集』が「・・・蘇武説話を紹介する。」として、〈平家物語は『宝物集』から多くの
文辞を引用しているので、その例から見て、ここも『宝物集』の「康頼・蘇武」の説話連想が平家
物語に採りこまれたものと見るべきであろう。〉としている(@_@) だけど、そこで引用されている
『宝物集』(九冊本)には「漢王上林苑といふ所にて遊びたまひけるに、雁の足に文をつけたりける
を見たまひければ蘇武が文なりけり・・・・・・」とあって、「雁の足」となっている点を水原一は
見落としてるじゃんか^_^; やはり紫式部の歌に平家物語の作者は引き摺られて間違えたと思うな(^^)
にしても、各校注本が「鴈の翅に(ぞ)むすび」の部分で紫式部の歌に言及してない点は不思議だし、
「翅」(翼)でも「足」でも、そんなのはどっちでもいい些事という認識なのかしら(@_@;) 実際、
小学館のに至っては頭注欄に「本文鑑賞上、手引きとなるような事柄」として、「康頼の卒都婆流し
から、類似の中国の例として、蘇武の説話を引いたもの。中国説話の引用は、ほかにも少なくないが、
これはその代表的なものである。」として、両者の異同を無視しているのは解せぬ(@_@) 『漢書』が
もし「翅」になってたら、謝るけどさ^_^; 講談社学術文庫のは「『漢書』李陵蘇武伝をもとに構成
された説話であるが、直接それに依った叙述ではなく、改変されたものである。」と、読者に対して
注意を喚起してるだけでも良心的だと思う(^^) ちなみに、岩波書店のが一番読む価値なさそう^_^;

「エロマンガ先生」も「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」も何故ハーレム展開なのかしら(^。^;)
タグ:古典 和歌
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