So-net無料ブログ作成

170719読んだ本

蕪村の前に蕪村なく、蕪村の後に蕪村なし、う~ん、マンダム・・ヘ(__ヘ)☆\(^^;それはブロンソン!

【読んだ本】

芸術新潮2006年6月号所蔵誌

特集「芭蕉から蕪村へ 俳画は遊ぶ」を読んだ(^^) そのメインはインタヴュー形式で、雲英末雄が
俳諧・俳画の歴史を「解説」するもので、山崎宗鑑に始まり、松永貞徳(貞門俳諧)、野々口立圃、
西山宗因(談林俳諧)、井原西鶴、梶山保友、芭蕉、許六、其角、角上、蕪村、月渓、几薫、九老、
楮良、建部巣兆、藤森素檗、井上士朗、大江丸、一茶といったところを取り上げて、他に絵俳書や
俳諧一枚摺(これのみ伊藤善隆がコラムで)も紹介してる(^^) 今月読んだ芸術新潮2001年2月号の
特集「与謝蕪村 江戸ルネサンス最大のマルチアーティスト」が、蕪村の生涯に沿って、その作品を
辿るのに対し、本特集は俳諧・俳画の歴史の流れの中で蕪村を捉えるから、両特集を読めば蕪村も
ヨリ立体的に理解できるかと(^^) 《雲英 ここであらためて、俳諧という言葉について確認して
おきましょう。「俳」は漢字の意味としてはおどけとか戯れの意味。「諧」は合う、かなう。つまり
ふざけながらも物事の本質をついたり、対立するものを昇華して調和にみちびいてゆく、それが
俳諧という語の原義です。/俳画もまた、俳句と絵画という別個の表現を統一し、調和させるのが
理想だと思います。しかし、実際にはこれはなかなかの難事。西鶴にしても、芭蕉・其角にしても、
絵の魅力はともかくも、画文の関係が前者による後者の絵解きに終わっている。岡田利兵衛氏は、
このように絵が句の説明になっているケースを「じか付[づ]け」と呼びました。大多数の俳画は
じか付けレベルにとどまるのですが、絵と句の関係をもっとひきはなし、両者の微妙な照応を読み解く
ことではじめてひとつの世界がたちあがってくる――岡田氏の分類における「匂付[においづ]け」
による俳画も無いわけではありません。その名手が蕪村(1716~83)。この人の手で俳画の水準は
一気にひきあげられ、ジャンルとして成熟したと言ってよいでしょう。/Q じか付け、匂付けは、
連句の用語でしたね?/雲英 連句の用語としては、じか付けではなく物付[づ]けと言います。
前句に対して単語の伝統的な連想関係(梅に鶯、月に雁のたぐいです)に頼って後の句を付けるのが
物付けで、どうしても飛躍が乏しくなる。一方、匂付けは、そのままで歴とした連句用語です。前句が
含みもつ情趣をくみとって、雰囲気的に付けるもので、芭蕉が完成させた手法なのですが、その芭蕉も
俳画となると本特集に図版を載せた以外でも、〈枯枝に烏とまりけり秋の暮〉の句に対して枯れ木に
とまった烏を描き、〈あかあかと日はつれなくも秋の風〉の句にほんとに赤い夕日を描いてしまう、
といった調子でじか付け一本槍。でも、芭蕉にせよ西鶴にせよ、絵はあくまでも余技、アマチュア
なのですからそれ以上を求めるのは酷かもしれません。そこへゆくと蕪村は俳人であると同時に、
当時の最高の画家のひとりでもありましたから。》_φ( ̄^ ̄ )メモメモ 同特集中の坪内稔典との対談
「俳画今昔」でも、雲英曰く「俳画において絵と句が合体してある種の世界をつくるといっても、
実際には句の絵解きのような説明的な絵が多い。そこへいくと、蕪村だけが、句画を融合させて、
句とも絵とも違う第三の世界を創り出そうと考えていたらしいということがわかる。」(^^) また曰く
「俳画の歴史を振り返ると、蕪村が頂点を極めてしまったといえるんですね。蕪村以後の俳人たちは、
ある程度は自分の個性を発揮している人もいますが、かなりの程度、彼の模倣というかエピゴーネン
という感じは否めません。蕪村の俳画にある、他にはない卓絶した個性はなにかといえば、やはり
知的な操作が凝らされた、いわば主知主義とでも呼べるところでしょう。」(^^) 実際、蕪村の絵俳書
『安永三年蕪村春興帖』に載っている「大きな甕の下部が割れて子どもが飛び出している図」だけど、
そこには蕪村門下の月渓の発句「筧から流れ出たるつばきかな」が添えられてる(@_@) でも、「筧も
ツバキも描かれていないわけですから一見、この句と図は関係がないようにおもえます。」という、
この謎の俳画を雲英が読み解いてくれ、唸らされたわ(゚o゚;) 「坪内 ・・・でも、この図柄は司馬
温公の故事を知っていなければおもしろくない。蕪村がこの絵俳書を贈った人たちは、この故事を
知っているような教養人で、これを見ながら、句と画が呼応する楽しさを味わえる人たちだった
ということですね。/雲英 そうなんです。知識や教養を同じくする知的なコミュニティーがあった
からこそ、蕪村はこんな知的な遊びが出来た。そして、蕪村以外こんな句と画が響きあうなぞかけ
のような俳画を描いた俳人はいません。そういう意味でも傑出した存在だといえます。」と(゚o゚;)
ちなみに、同対談もメチャ面白い(^^) いきなり坪内が「子規に〈古池に蛙とびこむ俳画哉〉という
句があります。俳画というのは、古池に蛙が飛び込んでいるような、旧套のイメージを十年一日の
ごとく繰り返している停滞した世界だと考えていたんでしょう。蕪村だけは評価していたようですが、
俳画を嫌ってたのだと思います。子規が重んじたのは俳画ではなく写生で、本格的な絵を目指した。」
という先制パンチで始まり、坪内が蕪村作らしき品を持ち出して雲英に鑑定してもらう件も面白い(^^)
なお、芭蕉の《「鉢たたき」自画賛》は安彦立ちにも似た佇まいが何とも言えない可愛いらしさ(^。^;)

予約してた本を受け取りに図書館、ついでにブックオフも行きたいけど、街まで歩けるだろうか(..)
コメント(6)  トラックバック(0) 
共通テーマ:アート