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170721読んだ本&昨日買った本

漢の昭帝の二重国籍疑惑、んにゃ、実は日本人だった疑惑を完全に払拭するには至らなかった(+_+)

【読んだ本】

班固(小竹武夫訳)『漢書5 列伝Ⅱ』(ちくま学芸文庫,1998)

杉本圭三郎(全訳注)『平家物語(二)』(講談社学術文庫,1979)の「蘇武」章、匈奴に囚われた
蘇武が「・・・思ふ事を一筆に書いて、/・・・鴈の翅にむすび付けてぞはなちける。・・・鴈、秋は
必ず越地より都へ来るものなれば、漢昭帝、上林苑に御遊ありしに、夕ざれの空薄ぐもり、何となう
物哀れなりけるをりふし、一行の鴈とびわたる。〉の件(現代語訳だと「・・・望郷の思いを一筆
書いて、/・・・雁の翼に結びつけて放した。・・・雁は・・・秋には北国からかならず都へ飛び
わたるものである。漢の昭帝が、上林苑で宴遊なさっていた折、夕暮の空は薄ぐもりでなんとなく
物哀れに感じておられたとき、一列の雁が飛びわたって来た。」)で気になった点が3つあった(..)
①手紙を「雁の翼に結びつけ」たとあるが、蘇武が結び付けたのは雁の足のはず(@_@) ②漢の昭帝が
「秋」の「夕暮」に「なんとなく物哀れに感じて」て、まるで日本人のように描かれている点(゚ロ゚;)
③「鴈、秋は必ず越地より都へ来る」とあるが、「越地」は日本の地域名なので文脈に合わない点
(+_+) 越前へ赴くことになった紫式部が詠んで新古今集にも入った有名な歌「北へ行く 雁のつばさに
言伝てよ 雲の上書き かき絶えずして」が脳裏に浮んで、平家物語の作者は、「足」を「翅(翼)」
としてしまい(①)、「胡国」とすべきところを「越地」と誤記した(③)、と小生は推理した(^^)
ただ、同歌の注釈では、石田吉貞『新古今和歌集全註解』(有精堂出版,1960)が「蘇武が雁の翅に
文を附けて送った故事によったもの。」と「註」に、窪田空穂『完本新古今和歌集評釈』中(東京堂
出版,1964)も「中国の古代の蘇武が、雁の翅に文をつけて贈った故事によるもの。」と「語釈」に
記してるので、この「蘇武」の章の典拠とされてる『漢書』を確認することにした次第(^^) 予約した
本書を受け取るために、昨日は猛暑の中、山を越え谷を越え、街まで歩いて行った小生は勇者(T_T)
それなのに本書には原文が載ってなくて訳文だけヾ(`◇´)ノ彡☆コノ!バカチンガァ!! 一応、当該箇所を
「李広蘇建伝第二十四」から引くと(238頁)、〈数カ月して昭帝が即位し、数年たって匈奴と漢が
和親した。漢が武らの引き渡しを求めたところ、匈奴は武が死んだとあざむいた。のち漢の使者が
また匈奴に行ったおり、常恵はその看守の者に請い、夜半これとともに漢の使者に会うことができ、
みずからつぶさに事情を述べた。そして使者の口から単于に、天子が上林苑内で射猟して雁を得たが、
その足に帛書が結んであり、それには、武らは某[しかじか]の沢中におると書かれていた、と言わ
せようとした。使者は大いに喜び、恵のことばのままを言って単于を責めた。単于は左右の者を視て
驚き、「武らは、実は生きておる」とて漢の使者に詫びた。〉とある(^^) この一節の訳文を読んだ
限りでは、上記の3点は、平家物語の作者による誤記、脚色、補筆の際の誤記だった可能性が高い(^^)
戦争序盤に日本軍に痛めつけられた怨みからマッカーサーの占領行政は日本人に過酷なものになると
予想したら全く正反対のものだったので、彼の祖母は日本人である、彼の母は京都生れの日本女性で
ある等々の流言が日本全土で乱れ飛んだとタモツ・シブタニ『流言と社会』東京創元社にはある、と
丸谷才一「日系マッカーサー」(同『犬だって散歩する』[講談社文庫,1989])が紹介してたな^_^;

【昨日買った本】

杉本苑子『今昔物語ふぁんたじあ』(講談社文庫,1978)

猛暑の中を歩いた勇者みどりんへの御褒美か探してた本が美品じゃないけど108円で手に入ったよ(;_;)

味を占めた毒舌じいさんは今日も別のブックオフへと、この炎天下に歩いて行くらしいぜヾ(¬。¬ )
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