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170821読んだ本

横たわる 蝉見て明日は 我が身かな               みどりん詠める(´・ω・`)  

【読んだ本】

角田喜久雄『姫夜叉行状記』(春陽文庫,1988改装)所蔵本

読了(^^) くちなし長屋に住んでるため、くちなし小町と呼ばれる美女お多加は、料亭「伊勢松」の
仲介で、お姫様のような恰好をさせられた上で寺に墓参りするというバイトをやることになる(@_@)
寺の障子の隙間からお多加の容姿を確認するかのように凝視する目もあり、如何にも怪しげだけど、
長患いの母と2人暮しのお多加は依頼通り10日間続ける気でいる(;_;) お多加は今年19の厄だから、
厄があけたら、恋人の御用聞き・長次郎と一緒になるつもりなので、そのためにも少しでも稼いで
おきたい健気な女心(;_;) 長次郎とお多加のラブラブぶりが堪らん^_^; 長次郎と子飼いの子分・
勘太の息の合った漫才コンビの如き掛け合いも愉しい(^^) お多加の身を案じて奔走する長次郎が
「伊勢松」のおかみ・お蝶に翻弄されまくるところも好い(^^) お蝶は好みのキャラなんだが、登場
シーンが少なかった(..) 長次郎はお多加への想いが強すぎて何度も危うい場面に^_^; 誰が敵なのか
本書の半ば近くまで分からないんだけど、テンポがいいので一夜で半分近く読めた(^^) ただ、本書
半ばで事件の真相・問題の構図が明かされちゃうし、敵役が小人物な一方で、主人公も・・・でも、
切り札的存在が(゚o゚;) あと、最後のクライマックスでハラハラしながら読んでいるのに、最終章の
見出しが目に入り・・・おい、小池!o(-`д´- o)プンプン! 角田喜久雄作品の中ではソフトなので、
ポプラ社から出てても驚かないストーリー^_^; とまれ、本作品でも愉しい時間をありがとうm(__)m

午前中から昼過ぎと久しぶりに歩き廻って、ちかれたびー(+_+)
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170820読んだ本&買った本

「ドラキュラの伝説に迫る」という今朝の朝日の記事に気になる点(..) 「『吸血鬼ドラキュラ』を
翻訳した故平井呈一氏も解説している。」や「1904年に『怪談』を著したラフカディオ・ハーンの
ひ孫で島根県立大短期大学部教授(民俗学)の小泉凡さん(56)は・・・」等々、日本人の場合は、
物故者には「故」と「氏」を付け、現存する人物には「さん」付けで年齢も表記するという方式で
書き分けている(^^) ところが、同記事の「読む」の項では〈文芸評論家の百目鬼恭三郎氏は「芸術
生活」(1976年8月号)の中で、エッセー「日本にも吸血鬼はいた」を書いている。〉となっていて、
百目鬼恭三郎は1991年に亡くなってるのに「故」を付けてない(@_@) 同記事を執筆した「編集委員・
小泉信一」(まさか八雲の親族?)が、自社の先輩記者(元編集委員)が故人であることを知らない
はずがないので、これからという時に病気で亡くなったのを丸谷才一から惜しまれた百目鬼恭三郎の
ことを、「死ぬことも生きることもかなわないドラキュラ」に擬えた高等修辞法だったりして(^。^;)
なお、ラフカディオ・ハーン(田代三千稔訳)『怪談・奇談』(角川文庫,1956)の「ハーン小伝」
は「没後『怪談』『神国日本』『天の河縁起そのほか』等の著書を初めとして、書簡、講義、その他
の書き物が、年をおうてぞくぞく出版され、・・・」としてるけど、小泉八雲記念館HPの「年譜」の
1904年には「4月2日、『怪談』を出版。」「9月・・・26日・・・息を引き取る。」とあるね(@_@;)

【読んだ本】

角田喜久雄『怪異雛人形』(講談社大衆文学館文庫コレクション,1995)所蔵本

短篇「逆立小僧」を読んで、本書も読了(^^) 主人公は、お奈美(^^) 眼病で隠退している御用聞き
「並木の茂平」の一人娘の19歳だが、茂平の十手捕縄を受け継いでて、気腑よく、気立がよくて、
器量もずば抜けているもんだから、評判が良い(^^) その彼女が出くわしたのが奇怪な事件現場で、
それは部屋にある品物が全て裏返しか逆立ちしてて、被害者の男も肌着と袷衣を上下逆に着ている
という徹底ぶり(゚ロ゚;)マジ!? でも、かなり早い段階で不審に思い、小生でも犯人を当てられた(^^)
総じて、どれも面白いけど、初期のだからか、筆致が硬くて、ぐいぐい惹き込まれる感は弱い^_^;
角田喜久雄作品の魅力は、キャラの魅力(特に、悪役の底知れぬ奇怪さ)を除けば、次から次へと
謎を畳み掛ける一方、主人公・ヒロインは一難去ってまた一難という息もつかせぬストーリー展開
なんだから、それなりにヴォリュームも必要になるわけで、長篇でこそ真価を発揮するかと(^。^;)

【買った本】

角田喜久雄『虹に立つ侍』(春陽文庫,1988改装)
角田喜久雄『赤姫秘文』(春陽文庫,1990改装)

ポイント&クーポンで663円割引しても、2冊で1060円はチト高かったよ(T_T)

初めてJACKPOTが3つ揃った(゚o゚;) So-net接続料金を1000円割引ウキウキ♪o(^-^ o )(o ^-^)oワクワク♪
タグ:小説 歴史
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170819読んだ本

井筒和幸監督「こちトラ自腹じゃ!」みたいに新聞書評欄も自腹を切って接待書評は止めた方が(..)

【読んだ本】

角田喜久雄『怪異雛人形』(講談社大衆文学館文庫コレクション,1995)所蔵本

短篇「悪魔凧」読了(^^) 目立つ凧があがる空の下、一見して旅人と判る片目の男、メチャ怪しげで、
ある家の場所を通りがかりの娘お豊に訊ねる(@_@) 一方、その旅装の男を尾行する黒ずんだ衣類に
お高祖頭巾の女・・・と書いてヒントらしき描写に気付いた(゚o゚;) てか、判るかよヾ(`◇´)ノ彡
事件を追うのは、この辺りでは古顔の岡っ引・半次で、挙げた犯人の数より仲人として取り結んだ
縁の多さを自分でも喜んでて、町内の世話焼きとして女子供にも親しまれてる^_^; 出し抜かれたり
もするけど、最後はいい味を出すんだ、このじーさん(;_;) 謎で引っ張るとこが、角田喜久雄(^^)

ブックオフ割引券あるから街まで歩いたのに(+_+) 暮れてから降り出した雨&落雷が凄かった(゚o゚;)
タグ:小説 歴史
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170818読んだ本

涼しくても雨が続けば文句を言い、やっと晴れたら暑いと文句を言うが、愉しい本には言いませぬ(^^)

【読んだ本】

角田喜久雄『怪異雛人形』(講談社大衆文学館文庫コレクション,1995)所蔵本

短篇「自殺屋敷」を読んだ(^^) その前身が謎の四万重四郎は、若いのに「今戸の隠居」と呼ばれ、
与力同心岡っ引、時には大名旗本町民等から持ち込まれる難問題・怪事件を快刀乱麻を断つが如く
解決するという侍(゚o゚;) 主人公・重四郎が釣竿を担ぎ船を待ってると、山本屋文蔵の大きな屋敷を
出て来た若い岡っ引かまきりの伍平から、山本屋のお嬢さんが自殺したという話を聞かされる(@_@)
その屋敷は元は御勘定方・日高市兵衛のもので、何故かメチャ戸締り厳重に造られてて、自殺した
部屋も外部からの侵入は困難だが、他方で遺書も残されてなく、そもそも自殺する動機がない(@_@)
日高市兵衛の死霊のたたりとする祈禱師が同部屋に泊まり込んで死霊退散の祈禱を始めたが・・・
ホラーっぽいミステリー(゚o゚;) が、後出しジャンケンというか、読者は真相を当てられんだろ^_^;

昨日朝起きた時に攣った左足痛い(+_+) 蚊が入っちゃったので家の中を移動の際はキンチョール持参^_^;
タグ:小説 歴史
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170817読んだ本

この本の第一刷を購入 or 読了した人は「負け組」ということだよね(^o^)丿ヾ(-_-;)オイオイ...

【読んだ本】

亀田俊和『南朝の真実~忠臣という幻想』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー,2014)

次の一節を読んでヘンに思いません? 「平泉澄の皇国史観」という見出しの付けられた一節だけど、
曰く〈「内紛まみれで不忠の足利氏、一致団結した忠義に厚い南朝」――こうした「南朝忠臣史観」
は古来から伝統的に根強く存在していた。この歴史観が最も鮮明に表れている典型的な一例として、
平泉澄の学説がある。/平泉はいわゆる皇国史観を集大成した、戦前の代表的な日本中世史家である。
この平泉が、戦後の高度経済成長期のまっただ中、昭和四五年(一九七〇)に著した『少年日本史』
という本がある。この本は戦後衰退した皇国史観の復活を目指し、当時の子どもたちに平泉の歴史学
を伝える目的で書かれたものである。子ども向けだけに平泉の主張が平易に述べられており、彼の
歴史思想、それも晩年の完成したものを手っ取り早く理解するには最適の本である。〉(@_@) なぜ
平泉澄の皇国史観・歴史思想を知るのに戦前・戦中のではなく戦後の著作をチョイスするのかしら?
平泉澄の皇国史観・歴史思想はその「晩年」に「完成した」とするけど確たる根拠があるのかしら?
「南朝忠臣史観」は「古来から伝統的に根強く存在していた」のに、敢えて「衰退」期の戦後文献に
当たるのが先ず不思議で、しかも、戦前・戦中と戦後とでは政治体制・社会が大きく変わったから、
戦前・戦中の皇国史観・歴史思想をそっくりそのまま戦後に披露してるとは考えにくいのだが(..)
かなりマイルドになってそうだよね^_^; でも、「晩年の完成したもの」と評してるぐらいだから、
平泉澄の著作を渉猟し、きちんと目を通した上での判断なのかな(..) 以上は前回読了時ノート^_^;
ところが、今回、本書を再読したら、前には無かった註が存在したんだよね(゚o゚;) それは「正儀の
歴史的評価」という見出しの節で、〈近代の皇国史観全盛の時代には、楠木の名声を汚す不届き者
として、[南朝を裏切って幕府に帰順した]正儀は非難や中傷を浴びていたようである。それでは、
同史観の本家である平泉澄は正儀についてどう述べているのだろうか。これについて筆者は少々調べ
てみたが、どうも平泉が正儀に言及した論文や著書は存在しないようなのである。「変節」に関して
どころか、正儀の名前さえも一切出さないほどの徹底したものだったらしい。/「らしい」と断定
できないのは、平泉が膨大な数と分量の論文や著書を発表した大学者であり、にもかかわらず終戦に
よる歴史観の大転換によって現代なお全集が刊行されていないので、現在彼の著作を全部検証する
ことが事実上不可能に近いからである。/だが、少なくとも主要な著書で彼が正儀の存在を完全に
無視したとは確実に言えそうだ。平泉にとって楠木正儀とは、論評する価値のない人物だったのだ
ろう。〉とあり、そこには小生が前に読んだ本書の第一刷には無かった註が追記されてたよ(゚o゚;)
〈一三九頁の記述に関して、第一刷刊行後に、平泉澄の著書で楠木正儀の名が見えるものとして、
①「関城書弁護」(同『伝統』志文堂、一九四〇年、一九八五年に原書房より復刊、初出一九三五
年)、②『名和世家』(日本文化研究所、一九五四年)、③『明治の源流』(時事通信社、一九七
〇年)があるとのご教示を坂口太郎氏よりいただいた。よって、「正儀の名前さえも一切出さない」
としたのは著者の誤りであり、ここに訂正する。ただ、平泉が正儀変節への言及を極力避けたのは
確かであるようだ。〉という註であり、他にも第一刷刊行後に受けた指摘を注記した箇所があって
(ちなみに、今読んでいるのは第三刷)、亀田俊和は良心的な研究者なんだなぁとメチャ好感(^^)
ただ、本文に言い訳もあったけど、註を読むと、平泉の著作を丹念に調べたわけではなかったこと
が推察でき、例の「晩年の完成したもの」という評価も怪しく感じられてくるね(+_+) 邪推すると、
戦後に刊行の本を用いる不自然さの言い訳に、それらしいことを付言しただけかも(..) そもそも
歴史観の大転換で「現代なお全集が刊行されていない」のならば、戦前・戦中の歴史思想を戦後に
そっくりそのまま公刊できないという事情もありそうだわな^_^; も一つ邪推すると、亀田俊和は、
予め結論を決めて、ソレに合わせて史実を解釈する、そんな研究姿勢っぽい(@_@) 昨日指摘の例も、
南朝=忠臣は幻想であるという自説を先に立てちゃったので、忠誠心の塊としか評しようのない
結城親光も、その兄・親朝が不忠の臣ゆえ、真の忠臣とは言えない、というトンチンカンな理屈を
捻り出すしかなかったんじゃないかしら(^。^;) これで文献調査が不徹底となると・・・残念(;_;)

ホントにルパンの「ベストセレクション」か? 昼過ぎから晴れて少し暑くなっちゃったじゃん(+_+)
タグ:歴史
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170816読んだ本

日本語の読解力に自信のある方、教えてプリーズm(__)m お礼として nice!を10回押します(^^)

【読んだ本】

亀田俊和『南朝の真実~忠臣という幻想』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー,2014)

2014年6月読了と手帖にメモ、しかも、ソレとは別に結構ノートもしてたが、気になる点があって、
別の図書館から借りて再読中(^^) 副題を含めた書名からして主要論点となる〈「相対化」される
「南朝忠臣史観」〉という節を読むと、「改めて再検討されるべき南朝忠臣たち」なる見出しで、
〈だが、これもよく知られた事実であるが、彼ら「忠臣の中の忠臣」でさえ、実は後醍醐の方針に
すべて賛同しているわけではなかった。君主の政治に異論を唱え、時に激しく批判する場合さえ
あった。天皇に反逆しないまでも、人間的には高師直たち婆娑羅大名といい勝負で、道徳的に優れて
いるとはお世辞にも言えない者もいた。〉とある(^^) 主君に唯々諾々と従うのだけが忠義なのかは
ともかく、この件に続く、楠木正成、千種忠顕、名和長年、結城親光の「三木一草」や新田義貞ら
「謀反を起こすまでには至らなかったが、後醍醐に反対したり、人格面で問題があった者たち」を
紹介している叙述も、「よく知られた事実」ゆえ、何とも思わなかった^_^; だけど、この件での
亀田俊和の論理には吃驚仰天(゚ロ゚;) 〈結城親光は、建武の戦乱では足利尊氏が最初に入京した際、
尊氏を暗殺しようとして偽って足利軍に降伏する。そして九州の豪族大友貞載と差し違えて討ち死に
する(『太平記』巻第一四)。あるいはこれに先だって行われた箱根・竹ノ下の戦いの折、後醍醐方
を裏切って足利軍勝利に貢献した貞載を当初から殺害するつもりで偽りの降伏をしたとも言われる
(『梅松論』)。いずれにせよ、結城親光が忠誠心の塊であることは確かである。しかし彼の兄の
親朝は優柔不断な人物で、後に北畠親房の熱心な勧誘にもかかわらず、結局幕府に寝返ったことは
すでに触れたとおりである。/・・・/このように後醍醐の著名な忠臣たちでさえ、その政治姿勢や
人間性、さらには身辺まで含めて見れば、その忠誠度や道徳性はだいぶ「相対化」するべきなのでは
ないだろうか。〉(@_@) この「政治姿勢」は正成、義貞のことを指し、「人間性」は千種忠顕と名和
長年のことなのは本書の叙述から理解できるが、「身辺まで含めれば」とは何を意味するのかしら?
また結城親光はどこに「相対化」すべき要素があるの? 上記叙述からは、結城親光の「身辺」には
幕府に寝返った「兄の親朝」がいる以上、その忠誠度も「相対化」すべし、としか読めないぞ(^。^;)

連座制かよ^_^; 今日もほとんど小雨の一日(..) 寝不足だし右肩が痛くてPC打つのもツラい(+_+)
タグ:歴史
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170815読んだ本

15日過ぎたら、こっちのクレジットカードで本買えばいいじゃん(^o^)丿ヾ(-_-;)オイオイ...口座は一緒!
先月は予定外の出費が続いて赤字だし(-ω-、) 明日は電気検針で電気代が心配(+_+) 今日も小雨(..)
この記事投稿しようとしたら「キャッシュを待機しています・・・」で出来ず∑( ̄皿 ̄;;ンガァーーー!!!

【読んだ本】

角田喜久雄『怪異雛人形』(講談社大衆文学館文庫コレクション,1995)所蔵本

女形同心・鳥飼春之助が主人公の短篇「恋文地獄」を読了(^^) 角田喜久雄らしく、謎、謎、謎、と
タタミかけてくるから( ← みどりんに座布団1枚!)、一気に読まされた(^^) 奇怪な事件だけど、
角田喜久雄作品にありがちな目を背けたくなるような事態は無く、また本書の既読の中・短篇3作品
より筆がなめらかで、いつものストーリーテラーぶりが発揮されてる(^^) 犯人の目的と事件の構図
が物語の終盤近くで明らかになった後で、春之助が事の起こり(真相)を知った際には、こっちまで
声が出ちゃった(゚o゚;) 余情あり、結末も好し(^^) この女形同心シリーズ、もっと読みたいな(^。^;)

アマゾン某新刊本レヴュー絶賛の嵐に衆愚書評かよぉ~と我が国の将来を憂う・・・なんちって^_^;
タグ:小説 歴史
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170814読んだ本

2日連続でアップ後に誤植発見(+_+) 下書きのメモ帳の方がフォント大きいのに気付かぬ謎(-ω-、)

【読んだ本】

角田喜久雄『怪異雛人形』(講談社大衆文学館文庫コレクション,1995)所蔵本

今日は昼寝して読書時間が減ったこともあり、書くことを少なくして誤植を無くす作戦にしたよ(..)
短篇「美しき白鬼」読了(^^) 主人公は町方同心の鳥飼春之助で、八丁堀のお長屋(いろはの左近は
「怪異雛人形」で「八丁堀のお屋敷」となってたが「鬼面三人組」では「八丁堀のお長屋」に)に、
お手先の勘太、その妹のお妙の三人暮らし(^^) 春之助は八丁堀随一の腕力で、捕物も町方同心中に
並ぶ者が無いと言われるが、何より美貌で売り出し中の歌舞伎の女形に生き写しと江戸中の女たち
から噂されているぐらいなので、お妙、更には支配頭の吟味与力・酒井三右衛門の娘で与力小町と
評判の美人・浪路と恋 or 三角関係の予感o(^-^)oワクワク お妙にはよく冗談言ってからかうし(^。^;)
さて、寺の本堂へ小さな油紙包を投げ上げる三十年配のすらりとした芸者[くろうと]上りらしい
粋ななりの謎の女、彼女が随所に顔を出すが、ネタバレにならぬようには書けぬ^_^; ただ、事件の
真相は前に読んだ長篇と全く同じで、角田喜久雄らしい(小生も)眉を顰めたくなるネタだな(+_+)
角田喜久雄作品で初付箋(´・ω・`) 「小野小町が梯子を背負って足駄をはいて首ったけになっても、
唾をひっかけてもやらねえってえ、硬え方での金箔附と来ていなさんるんだから・・・・・・」なる
台詞の「梯子を背負って」が教養のない小生には分らない(..) この女形同心シリーズは楽しみ(^^)

今日も曇 or 小雨で湿度髙く、押入れ&納戸の「ドライ&ドライUPコンパクト400ml」9個交換(+_+)
タグ:小説 言語 歴史
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170813読んだ本

あだち充ヒロイン総選挙でよく見る8人の画像、最後列左2人マジ知らんが誰(^。^;)ヾ( ̄ヘ ̄; )ググれ!

【読んだ本】

森田誠吾『明治人ものがたり』(岩波新書,1998)所蔵本

本書の約半分を占めてる「マリとあや」、そして「おわりに」も読んで、本書読了(^^) その内容は
森茉莉と幸田文の対比列伝で、非常に対称的な2人なのに似通う部分もあって、2人の親族や関わりの
あった人々、森鷗外と幸田露伴は勿論、多彩な人物が登場するので、読み応えのある一篇だった(^^)
森茉莉のことは興味がなかったので、彼女のイメージも関川夏央&谷口ジロー『『坊っちゃん』の
時代 第三部 啄木日録 かの蒼空に』(双葉社アクションコミックス,1992)に登場したシーンでの
〈この娘が 昭和六十二年八十四歳まで存命して「週刊新潮」のテレビおばあさんになろうとは・・・〉
に爆笑したようにTV評「ドッキリチャンネル」でしかなかった^_^; ただ、1992年のリテレール別冊
『文庫本の快楽 ジャンル別ベスト1000』で編者・安原顯が「日本文学・ベスト50」として森茉莉の
小説も選出し〈・・・森茉莉には生前、池田満寿夫宅でのパーティや、彼女の家の近所の喫茶店で
何度か会っているが、とにかく極端にシャイな人だった。しかしその割には喫茶店のコップの水に、
コーヒー用のミルクと砂糖を入れて飲み、ふと、腕時計を見て「あら、ジュリーのテレビが終わっち
ゃったわ」と悲しそうな顏をしたりする。・・・〉と解題で描いた、不思議ちゃんぶりも強烈(^。^;)
だが、森茉莉についての本書の記述は、それ以上かもw(゚o゚)w 例えば、「マリはもともと、活発では
ないし、不器用なたちであった。/・・・/どうした手抜かりか、時計の見方を教わらなかったので、
時間がわからない。/おまけに足弱だったから、父の乗る馬に人参をやるにも、いちいち馬丁に抱き
上げてもらったし、菊人形を見に行くといえば、女中に抱かれて行ったので、外へ出る時は、誰かが
抱いてくれるものと、立ったままで待っていた。」(゚ロ゚;)マジ!? 小生の想像力の範囲を超えてたが、
とりあえず腕時計の見方は教わったようで良かったわな(^。^;) 幸田文は、本書の参考文献でもある
山本夏彦『最後のひと』(文藝春秋,1990)が雑誌連載されていた時に目を通した月もあったので、
やっぱり感(^^) 未読の同書をパラパラ読んだら、森茉莉のことも書いてあって面白そうだった(^^)

広島は無理だから、一度でいいから見てみたい、高橋慶彦千葉ロッテ監督^_^; モチ福浦2000本も(^^)
タグ:随筆 列伝
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170812読んだ本

岩波ぃ~お主も心底ワルよのぉ~(* ̄∀ ̄)ノ いえいえ、みどりん様には、かないませぬぅ(^。^;)

【読んだ本】

森田誠吾『明治人ものがたり』(岩波新書,1998)所蔵本

「学歴のない学歴」を読了(^^) タイトルは〈学校歴のない学問歴〉の意で、森銑三を取り上げて、
その「主題は、森がいいだした日本文学史上の驚くべき新説であり、また、その新説が、なぜか
専門家には相手にされず、従って世間もそんな新説を知らない、という不思議である。」由(@_@)
「その新説」とは「西鶴の作品、多々あれど、西鶴みずから筆を執ったのは、『好色一代男』のみ、
と。」するもので、それを「西鶴一本説」と呼ぶ森田誠吾は、「・・・新説を出して学界に影響を
与えたと[死亡記事は]いう。だが、そんな話は聞いたことがない。」とか、「・・・その新説は
黙殺されて、歴史学界はもとより国文学界にも、論議など呼んでいない、・・・」と断言する(@_@)
でも、以上の世間・学界に対する森田誠吾の認識は間違いかと(+_+) 例えば、杉本苑子の短篇小説
「西鶴置きみやげ」は『二条の后』(集英社文庫,1989)の磯貝勝太郎「解説」が紹介するように、
同短篇が収録された日本文芸家協会編『昭和四十三年度 代表作時代小説』に付された作者のことば
には「西鶴作と信ぜられてきた諸作品を〝『一代男』以外は門弟の作〟と断定した森銑三氏の発言
はショッキングだが、・・・」云々とあり、森銑三の説を受けてその「不自然も矛盾も」解消する
「一つの仮説」を立てた上で同短篇が書かれたことが判る(^^) また谷沢永一『紙つぶて(全)』
(文春文庫,1986)等によって、国文学界が黙殺してきた森銑三の説を日本の近世文学研究の泰斗・
中村幸彦が取り上げて、それを是正・発展させたことも広く知られている(^^) しかも、ノーサイド
1995年5月号の谷沢永一「森銑三」は、〈日本古文藝研究史上に最も画期的な提言である。しかし
西鶴学界を牛耳る京都大学の野間光辰が聞く耳持たずと拒絶反応を示し、野間の顔色を窺うこと専一
の幕下に参ずる小物学者も一斉に同調したので、森銑三が畢生の熱意を籠めて書き綴った一代男論は、
学閥の厚い壁に撥ね返されて生き埋めになった。それから実に時を経ること二十年、遂に堪り兼ねた
中村幸彦が野間を窘める意をも含めて「編輯者西鶴の一面」(昭和50年)を書くに及び、漸く学界は
西鶴が助作者を従えての浮世草子編輯者であった事情を認めざるを得なくなった。野間光辰が死去
するに及び、今や森銑三が学界の機運を大きく動かした功績を誰も否まない。〉とし、その舞台裏も
『紙つぶて 自作自注最終版』(文藝春秋,2005)で披露した^_^; なのに、森田誠吾は〈この森の悲壮
ともいうべき「西鶴一本説」について、今一度、うそかまことか、ことの始まりからたどり直して、
なろうことなら、決着をつけてみたい。〉と言い出してる(゚ロ゚;)マジ!? 森銑三の立論を「我田引水」、
「あらずもがなの独断に陥る。」等と酷評した挙げ句、〈森銑三の「西鶴一本説」は、真摯な学者で
あっても、時に遭遇する不運[=「資料一切を焼かれ」たという「戦禍」]、そこから生まれた異説
であって、邪説のたぐいではない。〉と実質冷評して本篇を〆る(@_@) 森銑三の西鶴研究は未読ゆえ、
森田誠吾の講評の当否は判断できぬ(..) ただ、森田誠吾は森銑三の生涯を辿りながら森銑三の業績
を顕彰しようと試みてたはずが、結局は「西鶴一本説」を否定、しかも、それを岩波新書で行なった
点に大いに違和感(@_@) 森田誠吾は触れていないけどさ、佐藤信淵を「疑問の人物」として否定した
森銑三の業績に対し冷淡だったのが『日本思想体系』で、その版元は言うまでもなく岩波書店(+_+)
読者が本書の記述を真に受けたら、森銑三の説に応えた中村幸彦の論考は無いものとされ(黙殺!)
国文学界は森銑三の説を依然黙殺したままと誤解しちゃうし、更には森田誠吾の論評判定によって
森銑三の説は国文学界からも黙殺されて然るべき「異説」にすぎぬと思い込みかねないじゃん(+_+)
本書によって森銑三の説を取り巻く状況は好転したのか(@_@) むしろ意図せざる結果を森田誠吾は
招来したよね(..) 文献調査の行き届いてない本書の原稿に対して岩波の編集者はアドヴァイスとか
しなかったのかね(@_@) 岩波書店を批判しまくってきた谷沢永一のことなど教えたくないわな^_^;
森銑三の説の実質黙殺状態を本書で助長強化した岩波書店も罪深い(+_+) 「東京大学史料編纂所は、
『大日本資料』を刊行することを第一の目的としていた。」という誤植もチト恥しいレヴェル(+_+)
本篇からも得るものはあったが、その短篇が中村幸彦よりも早かった杉本苑子の凄さを再認識(゚o゚;)

昨夜は肌寒くて眠りやすかったのに布団に入ったのが日付の変わる直前で勿体無いことした(+_+)
タグ:評伝 随筆
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