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180420読んだ本&買った本

セール中を狙ってか、「【楽天市場】注文内容ご確認(自動配信メール)」という偽メールが次々と
届くぞヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ 開封することなく削除してるけど(^_^;) アマゾンもトップページでギフト券
の残額が表示されなくなり不便(-ω-、) So-netトップページも、すごろくゲームや新ポイントポン!
をやろうとクリックすると動いて、法人向けサービスや広告を開かすなヾ(`◇´)ノ彡☆コノ!バカチンガァ!!

【買った本&読んだ本】

小松登美(全訳注)『和泉式部日記(下)』(講談社学術文庫,1985)

ポイント60円分使い246円「良い」(´・_・`) 上巻を200円、中巻を108円で購入してたからね(-ω-、)
近藤みゆき(訳注)『和泉式部日記 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫,2003)を持ってたしさ(..)
同書巻末の「参考資料(研究文献目録抄)」には本書も挙がってるけど、同書の「補注において引用
した注釈書の略称は以下の通りである。」に入ってないから、もしかして価値ないのかしら(@_@;)

とまれ、近藤みゆきの同書巻末の「解説」の「七 作者とその人生」の次の一節が気になったぞ(@_@)

    長保元~二年にかけて[橘道貞との]夫婦仲は急速に冷めていったようであるが、
    その一方で、歌人としての和泉がまとまった事跡を残す最初の時期がこの長保期
    であった。長保三年(一〇〇一)、「権中納言斉信家屏風」に和歌を召され、また
    同四年には播磨国書写山円教寺に性空上人に結縁を求めて歌を献じているが、その
    時の一首が生涯の代表歌ともなる「冥きより」であった。

この「冥きより」とは、拾遺和歌集に入っている次の歌(歌番号1342)なんだけどね(´・_・`)

    冥[くら]きより 冥き道にぞ 入りぬべき はるかに照らせ 山の端[は]の月

小町谷照彦(校注)『新 日本古典文学大系7 拾遺和歌集』(岩波書店,1990)の訳を引くと、

    私は、煩悩の闇から闇へと、無明の世界に迷い込んでしまいそうだ。遥か彼方まで
    照らしてほしい、山の端にかかる真如の月よ。

となっていて、この「山の端の月」が性空上人を指していることは言うまでもないよね(⌒~⌒)

小生が気になったのは、この歌を和泉式部の「生涯の代表歌」と同書が評している点なのさ(@_@)

勿論、当時この歌を「代表歌」と見做す人々が結構いたらしいことは小生も知ってる(^_^;) 藤岡忠美
(校注)『新 日本古典文学大系 29 袋草紙』(岩波書店,1995)にも載る有名な逸話だけど、源俊頼
の歌論書『俊頼髄脳』から引くと(橋本不美男&有吉保&藤平春男[校注・訳]『新編日本古典文学
全集87 歌論集』[小学館,2002]所収の橋本文美男訳)、

    [藤原]公任卿に、その子[藤原]定頼が、「和泉式部と赤染衛門と、歌人としては
    どちらが勝れておりますか」と、質問なさったところ、公任卿は「一口で優劣を云々
    できる歌人ではない。和泉式部は『ひまこそなけれあしの八重ぶき』という秀歌を
    詠んでいる人である。非常に特別な歌人である。」という返事であったので、定頼は
    不思議だと思って、「和泉式部の歌の中では『暗きより暗き道にぞ入りぬべきはるかに
    照らせ山の端の月』という歌が、非常によい歌だと、世間の人は言うようですよ」と、
    申し上げたところ、公任卿は、「その世評、なんと人は十分知りもしないことを言う
    ものだ。・・・

全て紹介するのもね(^_^;) とまれ、藤原公任と言えば、当時の歌壇の第一人者だぜ( ̄ヘ ̄)y-゚゚゚
「生涯の代表歌」だなんて「十分知りもしないことを言うものだ。」ヾ(`◇´)ノ彡☆コノ!バカチンガァ!!

なお、『ひまこそなけれあしの八重ぶき』とは、後拾遺和歌集に入っている歌番号691の「津の国や
こやとも人を いふべきに ひまこそなけれ あしのやへぶき」のこと(^_^;) また当時の「世評」は、
たしかに藤原定頼の言う通りかもしれなくて、注文した本が届いたら、改めて確認するつもり(^_^;)
清水文雄(校注)『和泉式部集・和泉式部続集』(岩波文庫,1983)にも両歌は載ってるけど、秀歌か
どうかといった評価の話は出てなかった(-ω-、) 本書の「解題」にも目を通したけど、同様(´・_・`)

久しぶりにロデム(勝手に命名)に遭遇してたっぷり愛でたから、みどりん、にっこにっこにー(⌒~⌒)
タグ:和歌
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180419読んだ本

デンタルリンス(液体ハミガキ)を口に含んでクチュクチュする前にも軽~くブラッシングした方が
ヨリ効果的なのでは?と素人の小生は考えるのだが(@_@) 小生が使ってるのは、クチュクチュした後、
〈吐き出してから〉ブラッシングとは書いてなくて、ブラッシング中にダラァーと垂れちゃうぞ(+_+)
快晴になるとメチャ風が強く吹き始めるけど、フツーにお天気の日というのはないのかしら(-ω-、)

【読んだ本】

鴨長明(久保田淳訳注)『無名抄 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫,2013)所蔵本

曾禰好忠といえば、百人一首にも入った新古今和歌集の歌番号1071「由良の門を 渡る舟人 梶を絶え
ゆくへも知らぬ 恋の道かも」で知られる歌人だが、本書の70段の「現代語訳」に次の一節が(´・_・`)

    曾禰好忠という歌よみは、人数にも入れられず、円融上皇の子日[ねのひ]の御幸に
    召されもしないのに参上さえして、ばからしいふるまいをする人間という評判になった
    人間であるよ。けれども現在は、歌の方面では一流の者と思っている。

これは今昔物語などに載っている有名な逸話だし、また鴨長明の認識だから別に問題はない(´・_・`)

だけど、「召されもしないのに参上さえして」という件の本文( ← いわゆる原文ね)に付された
「補注四二」を見て呆れたヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ その全文を引くが、返り点(レ点&一二点)は略m(__)m

    藤原実資の日記、小右記に「召和歌人於御前、先給座。兼盛朝臣・時文朝臣・
    元輔真人・重之朝臣・曾禰善正・中原重節等也。公卿達称無指召、追立善正・
    重節等。時通云、善正已在召人内云々」(永観三年二月十三日条)という。

倉本一宏編『現代語訳 小右記 1 三代の蔵人頭』(吉川弘文館,2015)の当該件の訳を引くよ(⌒~⌒)

    歌人を御前に召した〈先ず座を給わった。〉。・・・曾禰好忠・中原重節である。
    公卿たちは、特に召しが無かったと称し、好忠と重節を追い立てた。 [準備をした
    源]時通が云ったことには、「好忠は、すでに召人の内にある」と云うことだ。

つまり、曾禰好忠は〈召されていないのに参上した〉として公卿たちから追い出され、今昔物語等で
有名になったけど、真相は最後の一文にあるように〈召されていたから参上した〉わけ( ̄ヘ ̄)y-゚゚゚

久保田淳は曾禰好忠の冤罪を示す決定的証拠を引用しながら見落としたヾ(`◇´)ノ彡☆コノ!バカチンガァ!!

実は、石田吉貞『百人一首評解』(有精堂出版,1956)や、小右記に依拠した歴史書でそこそこ売れた
繁田信一『殴り合う貴族たち』(角川文庫,2008)も、この真相(事実)には触れてないんだよね(-"-)
百目鬼恭三郎『新古今和歌集一夕話』(新潮社,1982)を読んで小生は知ったんだけど(〃'∇'〃)テヘペロ

 『無名抄』 ⇒ http://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2017-05-27
 『新古今和歌集一夕話』 ⇒ http://yomunjanakatsuta-orz.blog.so-net.ne.jp/2015-12-23

5/15以降に過去記事の全ての「http」を「https」に修正しなければいけないということかしら(´・_・`)
タグ:歴史 和歌 説話
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180418読んだ本

まだ満開の桜は観られるし、ここ数日は藤の花も観られるようになったよね(〃'∇'〃) どこでかって?
勿論、So-netブログを巡回してだよん(⌒~⌒) 家に居ても、日本は広いなぁと驚いてるよ( ̄□ ̄;)

【読んだ本】

阿部俊子(全訳注)『伊勢物語(下)』(講談社学術文庫,1979)所蔵本

古今和歌集の春歌下のラスマエは、在原業平の歌で(歌番号133)、詞書と歌を次に引くよん(⌒~⌒)

      三月[やよい]の晦日の日、雨の降りけるに藤の花を折りて、人につかはしける

    ぬれつつぞ 強ひて折りつる 年のうちに 春は幾日[いくか]も あらじと思へば

奥村恆哉(校注)『新潮日本古典集成 古今和歌集』(新潮社,1978)の頭注の同歌の口語訳を引く(^^)

    雨に濡れることもいとわず、あなたのために折り取った藤の花です。年のうちに、
    もう春は幾日も残っていないのですから。

片桐洋一『原文&現代語訳シリーズ 古今和歌集』(笠間書院,2005)の同歌の脚注を見ると、

    ・・・ここでは素直にもう春がほとんどなくなったという惜春のあせりだけを
    読むべきであろう。

つまり、古今和歌集に載る同歌は、春を惜しんだ歌、惜春を詠んだ歌というわけで、納得だわな(^^)

伊勢物語の八十段の同歌を含む本文の〈現代語訳〉を本書から全文メモっておきますかv( ̄∇ ̄)ニヤッ

    昔、家運が傾き衰微した家に、藤の花を植えた人があった。陰暦三月の末、
    晩春のころ、その日は雨がしとしとと降っている日であるが、ある人のところへ
    藤の花を折って差し上げさせるというのでよんだ歌、

     私は雨にぬれながら無理にこの藤の花の咲いている枝を折りました。
     今年のうちに春はもう幾日もないだろうと思いましたので(なんとしても
     晩春で藤の花がまだ新鮮で美しい間にお目にかけようと思って折りました)。

同歌を古今集の両注釈書は「惜春」の歌とするけど、本書は藤の花の美しさに焦点を合わせてる(゚o゚;)
そのことは、本書の同段の〈補説〉で、次のように論じていることからも分るわな(@_@;)

    『業平集』では「やよいのつごもりの日、雨の降りけるに、ふぢの花を折りて
    人につかはしける なりひらの朝臣 ぬれつつぞ折りつる藤の花春はけふをし
    かぎりと思へば」とある。すなわち業平の家在原氏がとくに没落しており、
    また藤の花を「人に奉らす」と奉った先が高貴の人であるというようなことは
    見られない。ただ、晩春から初夏にかけての季節に咲く藤の花が、一番美しい
    風情をみせるしっとりと晩春の雨をふくんだ花房を、ある人に贈ったというので
    ある。相手の人はおそらく何かの意味で業平が深い関心をよせた人であったろう。
    つまり業平は藤の花のもっとも美しい姿は雨をふくんで咲ききわまった所にある
    として、それを相手に自分の手でおくりたかったというのであろう。ところが、
    八十段のこの話では「おとろへたる家に」という語が入ったために、藤の花が
    藤原氏への連想をよび、「奉らす」という語とともに「しひて折りつる」気持ち
    の中に阿諛を感じさせてしまうように変ったものであろう。・・・

藤の花は百一段にも登場し、業平が藤原氏の栄華を露骨に詠んだ歌が載ってるけどね( ̄ヘ ̄)y-゚゚゚

さて、本書は業平集を踏まえて同歌を藤の花の美しさ詠んだものとして解釈・鑑賞してるわけだ(^^)

そうなると、古今集の各注釈書が、同歌を惜春の歌と捉えていることは間違ってるのかしら( ̄◇ ̄;)

んにゃ、春歌下の巻末歌の一つ前にある以上、惜春と古今集の撰者が位置づけていたのは間違いなく、
要は、同じ歌でも載ってるテクストによっては解釈は異なるということなのよオホホホ!!♪( ̄▽+ ̄*)

寝坊した(+_+) 今日も昼過ぎに雨が止んで陽射しが戻るまではセーターを着込んでいたよ(@_@;)
タグ:古典 和歌
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180417読んだ本&買った本

よく見ると庭にシロバナタツナミソウが咲いてたよ(〃'∇'〃) 庭のところどころに目立たないように
咲いてるから気を付けないと見過ごしちゃう^_^; そろそろ年賀状の当せん番号をチェックせにゃ^_^;

【買った本&読んだ本】

藤岡忠美(校注)『新 日本古典文学大系 29 袋草紙』(岩波書店,1995)

その夜にまさか強風でアンテナを飛ばされ還付金まで飛んでいくとは思いもしなかった日曜の昼前に
注文した本が届いたよ(ノ_-;)ハア… ポイント3182円分を投入して2002円だけどね(-ω-、) 6倍だったし、
買う奴いねーだろと高を括ってると在庫切れになるパターンが続いているので買っちゃったよ(´・_・`)

本書は、おとぎ話集じゃないよ(^_^;) 歌道の六条家の歌人であり歌学者だった藤原清輔の歌学書(^^)v
歌学書といっても、歌論だけじゃなく、歌人の逸話など歌説話も載ってるから、そっちが愉しみ(^_^;)

藤原清輔とは、ロングセラーの歴史書の記述が間違っていると最近何度も取り上げた藤原顕季の孫(^^)
そして、勅撰和歌集である詞花和歌集の撰者である藤原顕輔の子でもある(^_^;) 藤原顕輔と言えば、
百人一首にも入っている新古今和歌集の歌番号413の次の秀歌が有名かしら(^^)

    秋風に たなびく雲の 絶え間より もれいづる月の 影のさやけさ

      秋風に吹かれてたなびく雲の絶え間から洩れ出てさす月の光のさやけさよ

各注釈書を比較する時間なかったから、とりあえず久保田淳(訳注)『新古今和歌集』(角川ソフィア
文庫,2007)上巻の訳を引いた(^_^;) 藤原清輔も百人一首に入ってて、新古今集の歌番号1843だけど、

    ながらへば またこの頃や 偲ばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき

      生き永らえたならば、また今の時代がなつかしく思い出されるでしょうか。
      以前憂い、つらいと思った昔が今では恋しく思われます。

訳は久保田・前掲書の下巻に拠る(^_^;) 藤原清輔の実人生(とりわけ父・顕輔との関係)に照らすと、
余計にしみじみさせられ、いい歌だと思うけど、新古今集の歌番号340の次の歌の方が好き(〃'∇'〃)

    薄霧の まがきの花の 朝じめり 秋は夕べと たれかいひけん

久保田・前掲書の上巻の訳が、「薄霧のたちこめる籬の花は、朝しっとりとしめっている。いったい
誰が秋の趣は夕べに限ると言ったのだろうか」としてるように、「秋は夕暮れ」とする『枕草子』に
異議を申し立てたわけだけど、この歌が用いた「ズームレンズの手法」の「分析」は前に紹介済(^^)

     ⇒ http://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2017-02-05

金田一春彦『ことばの歳時記』(新潮文庫,1973)

「爛漫亭日誌」様の記事を拝読して以来、美品で108円のがあったら、買おうと思ってたの(〃'∇'〃)
例えば、今日(4/16)は「摘み草」というタイトルで、次のような書き出しだから面白そうでしょ(^^)

    花を摘むこと、茶の葉を摘むことは「はなつみ」「ちゃつみ」というが、
    若草を摘むことだけは「つみくさ」といって、「つむ」という動詞を上に
    もっていく。なぜ逆に言うのだろう。

他人に奨められる本(^^) ・・・といいつつ、後日ボロクソに批判したりしちゃったりなんかして(^_^;)

今夜は寒くてセーターまで着込んだよ(´・_・`)
タグ:言語 随筆 和歌
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180416読んだ本

あぁ~ん♪ 眠すぎちゃって~困るの~♪o(^-^ o )(o ^-^)o♪ヾ(-_-;)オイオイ...マスプロアンテナか!
昨夜ブログ記事を書いてたら凄い音がしたので、懐中電灯を片手に家の周囲も廻るも異常は無く、一応
敷地の外もと道路に出て見上げたら、アンテナが倒れてて2階の屋根からぶら下がってたヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ
ぶら下がったアンテナの下を歩いてたなんて、危ねー(ノ_-;)ハア… 地域名&アンテナ修理で検索すると、
15000円で24時間対応あるけど怪しげなので、一夜明けたら地元の電気屋さんに電話することに(-ω-、)
布団に入ったけど、夜中に突風が吹く度に隣家に落ちたらどーしよ、と気が気でなく眠れない(ノ_-;)ハア…
電話したら午後来てくれたけど、他にも何軒か強風でアンテナ倒れている由((;゚Д゚)ヒィィィィ! フツーは
アンテナを屋根に固定するための4本のワイヤの先の屋根に打ち込まれた金具が抜けてしまうのが原因
らしい(゚o゚;) ところが、拙宅のはワイヤが緩んでいたのか屋根のブリキの部分と擦れて、ワイヤが1本
切断されてしまったためだった( ̄◇ ̄;) 規格よりも細いポールは曲ってしまったが、それゆえに元に
戻せたし、不要なアナログのアンテナは取り外して引き取ってもらうことにして、1時間で直った(^^)
テレビが映るかどうか確認しに行くと、前より映りが良くなった気がする(^^) 映りを調整するために
家に上がってもらうのは、ゴミ部屋状態ゆえ出来なかったので、マジ良かった(^_^;) 代金は13000円で
予想より安かったのは良かったけど、既に楽天のセールで高い本を注文しちゃったよ(´;ω;`)ウッ…

【読んだ本】

小林信彦『女優で観るか、監督を追うか~本音を申せば⑪』(文春文庫,2018)所蔵本

んなわけで、予定してたこと出来なかった上に、本書の2014年7月分に突入も1本しか読めず(ノ_-;)ハア…

「ゴジラの咆哮 Ⅱ」('14.7.3号)は円谷英二の話から始まり、〈山本嘉次郎がドラマ部門を担当した
・・・「雷撃隊出動」のラストの夜戦の描写は円谷特撮のピークだろうと思う。〉由__φ( ̄^ ̄ )メモメモ

んで、1956年末封切の東宝特撮映画「空の大怪獣 ラドン」について、

    ラドンの巣が阿蘇火山とわかり、自衛隊が総攻撃する。火口で傷ついた仲間をかばって
    滅びてゆくラドンの鳴き声が悲しくひびく。ドメスティックな怪奇シーンと、壮大な
    悲劇が大画面にくりひろげられるのだが、円谷特撮とひたすら滅亡に向う怪獣の姿が
    悲しい。/東宝の名物となった怪獣映画の中でも、これは傑作であった。しかし、
    大衆は親しみ易いゴジラの方を好む。

読んでて悲しくなったよ(;_;) 電気屋さんが梯子かけて2階の屋根の上に登ったとたん、カラスさんが
次々と4羽も集まって来て、周りをぐるぐる飛び回りながら、カーカー鳴き喚いてたけど、アンテナに
巣でも作る予定だったのかしら(´・_・`) 前に剪定で卵の入った巣が樹から落ちてしまって、庭の上を
ヒヨドリさんが哭きながら旋回してたことを思い出したよ(-ω-、) ゴジラ、ラドンにX星人が加わる
「怪獣大戦争」(1965年)については、

    ・・・完全に子供向けになっている。ゴジラが流行の「シェー」をやると観客が笑う
    というわけで、ぼくはこれで完全に「ゴジラ」を投げた。

そだねー(-ω-、) 第68回トニー賞授賞式の話で〆ていた(´・_・`)

しかし、とんでもない強風被害だったな(+_+) 昨夜から精神的にも疲れたよ(-ω-、)
タグ:評論 随筆
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180415読んだ本

タダでやらせてもらってるSo-netブログゆえ文句はあまり言えぬが、1つだけ不満を言わせてもらうと、
自分のブログの「アクセス解析」で「検索ワード」がほとんど表示されなくなってしまったこと(-"-)
以前は必ず表示されてたから世間様の興味・関心が判り、色々と勉強になった(^^) また特定の記事が
特定の時間帯にアクセス数が急増して「検索ワード」がほぼ同じだったことが結構あり、知人に話すと
テレビ番組で出題されたクイズの影響らしいことが判明したりね(^_^;) なお、今でも気になっている
「検索ワード」は「自殺した旦那忘れられない」というもの(´;ω;`)ウッ… どうして別ブログに辿り
着いたのか不明だし、役に立てたなかった気がする(-ω-、) もっと役に立つことを書かねばp(・ω・*q)

【読んだ本】

河北騰『今鏡全注釈』(笠間書院,2013)

後出しジャンケンと同じで、先行研究を踏まえてるはずだから、間違いは少ないはずなんだが(-ω-、)

本書から『今鏡』の本文の一部とその「通釈」(=訳)を引くが、[ ]内は本書が振ったルビ(@_@)

    尊勝寺造られ侍りける頃、殿上人花鬘[けまん]あてられ侍りけるに、
    俊頼歌人にておはしけるに、百首歌案ぜむとすれば、五文字には「花鬘の」とのみ
    置かるるといふと聞かせ給ひて、ふびんの事かなとて除かせ給ひけると聞え侍りし。

      尊勝寺を造られた時、花鬘を寄進するよう割当てられましたが、
      俊頼は百首歌を考えると、きまって五文字には「花まんの」ばかりが
      浮かんで困っていると院がお聞きになり、気の毒だからといって、
      俊頼は免除されたとの事です。

「花鬘」を「けまん」と読ませておいて、どうして「花まんの」が「五文字」に読めるのか(@_@;)

本書も参照する竹鼻績(全訳注)『今鏡(上)』(講談社学術文庫,1984)の本文と〈現代語訳〉は、

    尊勝寺造られ侍りける頃、殿上人花慢[けまん]あてられ侍りけるに、
    俊頼歌人にておはしけるに、「百首歌案ぜむとすれば、五文字には
    『花慢[はなかつら]』とのみ置かるる」と聞かせ給ひて、/
    「不便の事かな」とて、のぞかせ給ひけるとぞ聞え侍りし。

      尊勝寺が造られましたころ、殿上人は花鬘[けまん]の寄進を
      割当てられましたが、俊頼は(百首歌の)歌人でいらっしゃいましたので、
      「百首歌を考えようとすると、初句にはきまって『花鬘[はなかつら]』と
      ばかり詠まれてしまう(といっている)」と堀川帝はお聞きになさって、/
      「気の毒なことだよ」とおっしゃって、(花鬘の割当てを)免除なさったと
      うかがいました。

堀河天皇の「堀河百首」と源俊頼(金葉和歌集の撰者)のエピソードだが、底本が異なるとしても、
同書の方が筋が通ってるように思える(^^) しかも、同書の〈語釈〉の「花慢[はなかつら]」には、

    畠山本の「花鬘の」という本文によって、『全書』は「花鬘は『くゑまん』と
    四文字に訓んだので『花鬘の』で五文字となる」と説くが、底本の「花慢」が
    「花縵」の当て字とすれば、「ハナカツラ」と訓んだと考えられる。北野本
    『日本書紀』持統元年三月の条の古訓に、「花縵」を「ハナカツラ」と
    訓んでいる例がある。

本書の和歌の訳のおかしさについて ⇒ http://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2018-04-05

夜になってアンテナが飛ばされ2階屋根からぶら下がっててブログやってる心の余裕なしヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ
タグ:和歌
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180414読んだ本&買った本

付き合って今日で一年だよ!と言われて、はぁ!?と内心では思ったが、顔には出なかったはず(^_^;)
いくら考えても何故その日なのか当時も今も分からないが、今日は自分がSo-netブログを開設した日
だったことは「また、つまらぬ物を読んでしまったorz」の記事原稿のメモ帳に「2015.4.14開設」と
あることから判る(〃'∇'〃) となると、最初の記事は執筆に5日もかけてたのか(゚ロ゚;)マジ!? とまれ、
何でもメモっておくと便利(^^) 夕食がステーキだったから、今日はステーキ記念日_φ( ̄^ ̄ )メモメモ
広告誘導コメントが他のブロガーより少ないのは、純金の元名古屋嬢だからオホホホ!!♪( ̄▽+ ̄*)

【買った本&読んだ本】

小島吉雄(校注)『日本古典全書 新古今和歌集』(朝日新聞社,1959)

図書館から借りて読んでたら欲しくなっちゃったの(〃'∇'〃) 誰も買わないだろうと安心してたら、
400円程度の「良い」を買われちゃった(ノ ̄皿 ̄)ノナンデヤネン!┫:・’.:: 安いのは「可」しか
ないじゃんと思いつつ各出品者の説明文を確認してたら、月報あるんだ(゚o゚;) 狙ってた出品者のには
書いてなかった(^_^;) んで、一番高いけど、「非常に良い」の937円(680円+257円)を注文(^_^;)

「本源郷【奈良県古書籍商組合加盟店】」から発送直後の「追加情報」メールに長文メッセージが(^^)

    ・・・前の持ち主が愛着を持って現代まで良質な状態で残してこられた一冊です。
    新たに大切にしていただける方の処にお届けできてこれほどの歓びはありません。
    末永く愛蔵していただければ幸いです。・・・

とゆー件もあり、好きだなぁ(〃'∇'〃) プチプチ梱包のゆうメールにも次のような判が捺されてた(^^)

    郵便局の皆様へ/いつもありがとうございます。この郵便物はお客さまと
    私どもにとって/大切なものです。ご丁寧にお取扱いくださるよう、
    宜しくお願い致します。

状態説明も長文だけど細か~く書いてて正確だったし、今度も利用したい素敵な古本屋さん(〃'∇'〃)

さて、本書だが、頭注では入集歌の典拠等の基本情報を押さえてるために語釈は少ないし、歌の大意や
現代訳は載っていない(^_^;) なのに買う気になったのは、巻頭の「解説」のためだ(^^) 「成立と撰集
過程」「傳本」「研究史概略 附、研究書と註釋書」はコンパクトに纏められてて頭に入り易かったし、
「集の内容と編纂上の特色」や「新古今歌風とその特色」も実に興味深い内容だったから(^^) そして、
付いてたリーフレットだけど、一つは「日本古典全書総目録」で、もう一つは「日本古典全書附録 新
古今和歌集」という4頁のもの(^^) 後者は、窪田空穂「新古今集の魅力」、風巻景次郎「峯の白雲」、
小島吉雄「後鳥羽院句題五十首歌」の3本が掲載されてて、この顔触れ、メチャ豪華だよね(〃'∇'〃)

昨夜も睡眠4時間で、しかも昼寝ナシ(+_+) そして強風(+_+) 楽天のセール、どーすんべかなぁ(´・_・`)
タグ:和歌
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180413読んだ本

春の陽射しの中、縁側で爪を切るのは、心地好いねぇ(〃'∇'〃) それにしても、爪切り、メチャ便利
と思うんだけど、誰が発明したのかしら(@_@;) こんな優れモノの発明者の名が残らないとは(-ω-、)
世の中、そーゆーのが多そうだよね(´・_・`) 先人に対する感謝の気持ちを持って生活しないと(-ω-、)

【読んだ本】

森銑三『偉人暦』上巻(中公文庫,1996)所蔵本

マジ深刻な体調に昼寝もしちゃったし(眠った気しないけど)、チト心配なことがあって(気付いて
反応してくれたSo-netブロガーが居られ、自分の言葉の無力さを痛感してたから一安心なんだけど)、
トイレの備品の本書を読んだだけですm(__)m 読んだのは「四月十三日 池野大雅」という一篇でして、

    そして更に一そう美しいのは、彼と玉瀾女との睦まじさだ。ひどい貧乏暮しを
    しながら玉瀾と三味線を弾き、古風な唄を謡った。文字通り琴瑟相和した好夫婦
    であったのだ。大雅が筆を忘れたまま旅立ったのを、細君が後から追いついて
    渡したら、大雅は両手で押しいただいて、「いずこの御婦人か、よくぞ拾って
    下された」という。細君慇懃に礼して立ち別れた――凡俗の眼には、ずいぶん
    ふしぎな夫婦者であったろう。

この逸話、好きなんだけど、「凡俗な眼には」理解できんなぁ(^_^;) さて、この逸話は、杉本苑子が
どこかに書いてたと思って、左のサイドバーの「検索ボックス」で検索したら、『聞き語り にっぽん
女性「愛」史』(講談社文庫,1992)と判明、便利だなぁ(^^) 発明してくれた人に感謝しなきゃ(^_^;)
ただ、この「検索ボックス」は「記事から」であって、コメント欄は検索してくれないんだね(´・_・`)

んなわけで、いつもと違う時間に更新してますけど、念のためしばらくはネット上に居残りますm(__)m
タグ:列伝
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180412読んだ本

春なのに今日の最高気温は25度超えたよヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ もう秋が早く来てほしいんだけど(ノ_-;)ハア…
「春秋の争い」という、春と秋のそれぞれの情趣を比較してその優劣をつける議論が古来あるけどさ、
春と秋、単純にどっちが人気なのかしらね(〃'∇'〃) 甲乙はつけがたいけど、秋が好きかなぁ(^_^;)
このままだと楽天のランク、プラチナ会員に転落の由、ダイヤモンド会員のメリットあるのかな(@_@)

【読んだ本】

三木紀人『鴨長明』(講談社学術文庫,1995)所蔵本

新古今和歌集には撰者が5人いるんだけどさ、本によっては撰者名注記と言って、その入集歌を撰者の
誰が推したかが書いてあるんだよ(⌒~⌒) んで、鴨長明の歌は10首、新古今集に入っているんだけど、
「それぞれの作について、撰者たちの支持の仕方を見るために、撰者名注記のさまを示しておく・・・」
として、本書に興味深い表が載ってたよ(^^) そして、本書曰く、

    2と9のような例外もあるが、複数の撰者に採用されたものはごく少なく、
    長明作についての撰者たちの評価はあまり高くなかったようである。

現代と違って当時は歌人として評価されてた鴨長明なのに新古今集撰者から低評価だったとは(-ω-、)

撰者全員が推した2(歌番号397)は次の歌で、百目鬼恭三郎『新古今和歌集一夕話』(新潮社,1982)も
鴨長明の回で取り上げてた(^^) 同書 ⇒ http://yomunjanakatsuta-orz.blog.so-net.ne.jp/2015-12-23

    ながむれば ちぢに物思ふ 月にまた わが身ひとつの 峯の松風

久保田淳(校注)『新潮日本古典集成 新古今和歌集』(新潮社,1979)上巻の頭注の現代語訳だと、

    じっと見つめるとあれやこれやと思い悩ませる月に、さらにまた
    わたし一人をさびしがらせるかのように峰の松風の音が響いてくるよ。

この歌は、御覧の通り、百人一首にも入っている大江千里の古今集の次の歌(歌番号193)が本歌(^^)

    月みれば 千々[ちぢ]にものこそ 悲しけれ 我が身一つの 秋にはあらねど

奥村恆哉(校注)『新潮日本古典集成 古今和歌集』(新潮社,1978)の頭注の現代語訳を一応引く(^^)

    月を見ていると、さまざまに悲しい思いがつのってくる。
    なにも、自分一人だけの秋ではないのに。

久保田・前掲書も〈・・・[大江千里の歌]を本歌としながら、これに松風を加え、「わが身ひとつ」
がさびしいと逆用した。〉と指摘してて、〈私だけの秋ではない〉のか〈私だけの秋である〉のか^_^;

このブログの読者は知的だから、興味ないであろう俗っぽい話で今日も〆るよんψ(*`ー´)ψヶヶヶ...
「本」のランキングの話じゃないんだけど、先日ランキングが大きく変わったのはちょっとおかしい!
nice!がほとんど無く半年以上も更新していないブログが突如1位になったのは何故だ?とクレームを
入れた人がいた由ヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ 今日も「本」ランキングの21位に何故か留まってる小生の別ブログ
「また、つまらぬ物を読んでしまったorz」もnice!はゼロで3ヵ月以上も更新してないため、ランクが
下ったことの腹癒せや逆恨みされたくないから、今朝ランキングを手動で下げたので、明日には圏外と
なるはず(^_^;) 前から書いてるけどさ、更新してないと広告が出てしまい、広告が出るようになると、
1回のアクセスが2回分以上にカウントされるシステムらしくて、ランクが上がっちゃうんだよね(^_^;)
だから、別ブログに「追記」(このブログへのリンクを増やしただけ)して更新したことにしたの(^^)
つまり、ランキングなんか実は意味なくて、もし自分のランキングを上げたければ、更新を止めれば
いいのよオホホホ!!♪( ̄▽+ ̄*) 所詮は見掛けのアクセス数が増えるだけなんだけどねv( ̄∇ ̄)ニヤッ

体調悪くて昨夜なんかPCのモニター見ながら気持ち悪くなっちゃったよ(-ω-、)
タグ:伝記 和歌
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180411読んだ本

春が早くも去ってしまった気がする(´;ω;`)ウッ… 単に南関東在住の小生の地元で花見シーズンが
終わっちゃっただけなんだけどね(-ω-、) でも、日本は意外に広~いから、まだまだソネブロを巡回
してれば花見は出来るし、それに周囲にだって気付かないだけで地味ぃ~な春があるはず(〃'∇'〃)
また注文してないのに楽天から「注文内容ご確認(自動配信メール)」なる偽メール届いてる(^_^;)

【読んだ本】

深沢眞二&深沢了子編『芭蕉・蕪村 春夏秋冬を詠む 春夏編』(三弥井古典文庫,2015)所蔵本

植木久行『唐詩歳時記』(講談社学術文庫,1995)に、次のような記述があったんだよね(^^)

    中国の風土は、四季が明確でありながら、快適な春と秋がきわめて短い。
    春と秋は、長い夏と長い冬の間にはさまれた一種の継ぎ目(過渡期)にすぎず、
    またたくまに過ぎ行く。それゆえにこそ、時間の推移がひときわ実感され、
    行く春(=青春)を惜しみ、あるいはまた、訪れた秋(=老衰)を嘆き悲しむ歌が、
    数多く生まれた。

今年の春が「きわめて短い」(ような気がする)のは気候が中国化してるからだったりして(^_^;)
   
今日も家が飛ばされそうな強風で(安普請か?)、三匹の子豚ちゃんの気持ちもよぉーく解かったし、
本書を拾い読みしていたら、〈『白氏文集』に「落花」の題で収録される詩の最初の二聯で、『和漢
朗詠集』では「三月尽」の部立の最初に載る。〉白居易の詩(の一部)が目に留まったよ(〃'∇'〃)
       
    留春春不住 春帰人寂寞 春を留むるに春住[とど]まらず 春帰つて人寂寞たり
    厭風風不定 風起花蕭索 風を厭ふに風定まらず 風起つて花蕭索[せうさく]たり
 
    (春を留めようとしても春は留まらない。春が帰ってしまうと人はひっそりと
     寂しくすごす。(花を散らす)風を嫌っても風は静まらない。風が立って
     花は散らされ、もの寂しいさまになってしまう。)

川口久雄全訳注『和漢朗詠集』(講談社学術文庫,1982)の訳は小生にはしっくりこなかった(´・_・`)

今日3位と21位に落ちて、1日の順位に近くなり(別ブログは27位だったか)、明日20位ぐらいと圏外に
なれば、世は全て事も無し、秩序回復、単なる春の珍事だったことに(^_^;) この世の終りかのように
嘆かれたり、順位を生き甲斐にされている方が結構いることが判ったのは、勉強になったかな(^_^;)

死にそうなぐらい身体がダルいから、今日こそ早く寝るぞ(+_+)
タグ:中国
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