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180409読んだ本&買った本

ハナイカダの鉢は、陽射しが当たらないように、庭の柚子の樹の下に移したよ(〃'∇'〃) その周りでは
今の時期はハナニラとかが咲いてる(⌒~⌒) 昨夜こそ早く寝ようとしたのに、放送開始されたアニメを
視たもんだから、つい満田拓也『MAJOR 2nd』小学館少年サンデーコミックスを久しぶりに①巻から
読み始めたら、メチャ面白くて止められなくなり、更に寝不足になってしまった(+_+) 寝るなら読むな!

【買った本&読んだ本】

三木紀人『鴨長明』(講談社学術文庫,1995)

先日ブックオフで見付けたけど、殻刑囚ゆえネットでの相場が分からなくて泣く泣くスルー(-ω-、)
いつのまにか拙ブログも閲覧できなくなってしまったガラケー(ノ_-;)ハア… でも、ネットの方が安く、
279円「良い」を今月末期限のポイントで(⌒~⌒)ニンマリ 状態も悪くなく、今回はラッキー(〃'∇'〃)

鴨長明とか『方丈記』とか、よく新聞の出版広告で見かけるから、根強い人気なんだろうね(´・_・`)
西行なんかもそうだけど、小説ならともかく、著者の願望を投影しただけの評伝はちょっとね(^_^;)

しかも、本書の巻頭の〈「学術文庫」版まえがき〉には、次のように記されていたからね( ̄◇ ̄;)

    周知のように彼は自己表現に熱心で、若き日にまとめた『鴨長明集』その他の
    三百数十首に及ぶ和歌、三十代の『伊勢記』(散逸、一部が残る)、晩年の
    『方丈記』『無名抄』『発心集』などがあって、生き方をたどる糸口が豊富
    である。また、知人・友人の『源家長日記』、藤原定家『明月記』など歌垣
    史資料、『十訓抄』『文机談』など所載の伝承もある。それらから抽出される
    情報を一代記的な枠組の中におけば、おのずと彼の伝記が浮かび上がるであろう。
    現にそのようなかたちでの長明伝。長明論はくりかえし書かれてきた。/しかし、
    例えば『方丈記』を読みとき、これによって長明の生を想像するのには用心が
    必要である。・・・総じて長明自身が示す人生は、少々単純化ないし美化され
    すぎて実情とずれている。

加えて、作家とかになると、よく調べもせずに自分の思い入れたっぷりの人物像を捏造しちゃうから、
余計に「実情とずれている」ものになっちゃうんだろうねヒィィィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ ・・・と書いている内に、
風『風の書評』(ダイヤモンド社,1980)が馬場あき子と松田修の対談集『「方丈記」を読む』講談社
をボロクソに批判してたことを思い出した(^_^;) 馬場あき子のことを次のように酷評((;゚Д゚)ヒィィィ!

    だいたい、この人は原典をしっかり読んでいるのかどうか、心もとない気がする。
    源家長が後鳥羽院に命ぜられて、長明の琵琶を召しあげようとしたが、長明は
    献上を拒んで「かくしつつみねの嵐のをとのみやつひにわが身をはなれざるべき」
    と詠んだと『源家長日記』にあるといっているが、原物のその個処を開いてみると、
    長明は琵琶を使いに託して院に差し上げるといって「こうして琵琶を差し上げた
    あとは、私から離れないのは峯の嵐の音ばかりになるでしょう」という意味の、
    先にあげた歌を添えて届けてきたとある。馬場は、いったいどういう読みかたを
    したのだろうか。

本書で確認すると、

    『源家長日記』によると、後鳥羽院は、[大原へ]転住してまもない長明に、
    愛器の琵琶の手習について問い合わせるように指示を下した。暗に、その献上を
    うながす命令である。体制を離脱した身なのだから、理屈の上ではそれを無視
    してもかまわないようなものであるが、長明はすなおに手習を差し出し、撥に
    次の二首をしたためた。

        かくしつつ峰の嵐の音のみやつひに我が身を離れざるべき

        払ふべき苔の袖にも露あればつもれるちりは今もさながら

    前者は、琵琶を献上してその音も絶えるこれからは、峰を吹く強風の音のみが
    身辺に聞こえる身となりましょう、の意。後者は、琵琶をぬぐうべきこの僧衣
    の袖は、涙でぬれているので用いられず、つもった塵はそのままにしてお渡し
    いたします、の意である。悲嘆のあけくれと、琵琶と別れるつらさを感傷的に
    うたい上げたものである。

『風の書評』は上記の件の後、馬場あき子が『後鳥羽院御口伝』を誤読した上、鴨長明の歌風を論じて
いることを指摘した上で、次の評を下してた(^_^;)

    この人は、自分の思いつきにつごうのいいようにしか物が読めないのであろうか。

馬場あき子は高名な歌人だが、朝日歌壇での「コオロギの鳴き声を賞でるのは日本独特だったのだ。」
という彼女の選評が間違ってることは下記で指摘した通りで、「馬鹿あき子」と改名すべきだろ(-"-)
朝日歌壇の投稿者たちは、こんなアホな選評に納得しているのかしら(´・_・`) 破れ鍋に綴じ蓋か^_^;

       ⇒ http://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2017-09-29
       ⇒ http://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2018-03-01

花壇から歌壇の話か(^_^;) また風が強くなった(-ω-、)

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