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180415読んだ本

タダでやらせてもらってるSo-netブログゆえ文句はあまり言えぬが、1つだけ不満を言わせてもらうと、
自分のブログの「アクセス解析」で「検索ワード」がほとんど表示されなくなってしまったこと(-"-)
以前は必ず表示されてたから世間様の興味・関心が判り、色々と勉強になった(^^) また特定の記事が
特定の時間帯にアクセス数が急増して「検索ワード」がほぼ同じだったことが結構あり、知人に話すと
テレビ番組で出題されたクイズの影響らしいことが判明したりね(^_^;) なお、今でも気になっている
「検索ワード」は「自殺した旦那忘れられない」というもの(´;ω;`)ウッ… どうして別ブログに辿り
着いたのか不明だし、役に立てたなかった気がする(-ω-、) もっと役に立つことを書かねばp(・ω・*q)

【読んだ本】

河北騰『今鏡全注釈』(笠間書院,2013)

後出しジャンケンと同じで、先行研究を踏まえてるはずだから、間違いは少ないはずなんだが(-ω-、)

本書から『今鏡』の本文の一部とその「通釈」(=訳)を引くが、[ ]内は本書が振ったルビ(@_@)

    尊勝寺造られ侍りける頃、殿上人花鬘[けまん]あてられ侍りけるに、
    俊頼歌人にておはしけるに、百首歌案ぜむとすれば、五文字には「花鬘の」とのみ
    置かるるといふと聞かせ給ひて、ふびんの事かなとて除かせ給ひけると聞え侍りし。

      尊勝寺を造られた時、花鬘を寄進するよう割当てられましたが、
      俊頼は百首歌を考えると、きまって五文字には「花まんの」ばかりが
      浮かんで困っていると院がお聞きになり、気の毒だからといって、
      俊頼は免除されたとの事です。

「花鬘」を「けまん」と読ませておいて、どうして「花まんの」が「五文字」に読めるのか(@_@;)

本書も参照する竹鼻績(全訳注)『今鏡(上)』(講談社学術文庫,1984)の本文と〈現代語訳〉は、

    尊勝寺造られ侍りける頃、殿上人花慢[けまん]あてられ侍りけるに、
    俊頼歌人にておはしけるに、「百首歌案ぜむとすれば、五文字には
    『花慢[はなかつら]』とのみ置かるる」と聞かせ給ひて、/
    「不便の事かな」とて、のぞかせ給ひけるとぞ聞え侍りし。

      尊勝寺が造られましたころ、殿上人は花鬘[けまん]の寄進を
      割当てられましたが、俊頼は(百首歌の)歌人でいらっしゃいましたので、
      「百首歌を考えようとすると、初句にはきまって『花鬘[はなかつら]』と
      ばかり詠まれてしまう(といっている)」と堀川帝はお聞きになさって、/
      「気の毒なことだよ」とおっしゃって、(花鬘の割当てを)免除なさったと
      うかがいました。

堀河天皇の「堀河百首」と源俊頼(金葉和歌集の撰者)のエピソードだが、底本が異なるとしても、
同書の方が筋が通ってるように思える(^^) しかも、同書の〈語釈〉の「花慢[はなかつら]」には、

    畠山本の「花鬘の」という本文によって、『全書』は「花鬘は『くゑまん』と
    四文字に訓んだので『花鬘の』で五文字となる」と説くが、底本の「花慢」が
    「花縵」の当て字とすれば、「ハナカツラ」と訓んだと考えられる。北野本
    『日本書紀』持統元年三月の条の古訓に、「花縵」を「ハナカツラ」と
    訓んでいる例がある。

本書の和歌の訳のおかしさについて ⇒ http://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2018-04-05

夜になってアンテナが飛ばされ2階屋根からぶら下がっててブログやってる心の余裕なしヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ
タグ:和歌
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