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190107読んだ本

楽天市場お買い物マラソンのダーツくじ、30pの当たりが40,000本と30,000本でも両方ハズレ(ノ_-;)ハア…
その直後に引いた楽天レシピのは1pの当たりが1,000本、楽天ブックススマートフォン版のは1pが500本、
楽天ペイのは1pが1,000本、Rakuten TVのは1pが1,000本、楽天カードのは1pが5,000本・・・それなのに
これらは当たるとは解せぬ(-ω-、) 電車で隣りに座ったおじいさんがオスカー・ワイルド『ドリアン・
グレイの肖像』の新訳の文庫本を読んでた(´・_・`) 読んだかどうか記憶に自信ないので、帰宅して本棚
から西村孝次訳の岩波文庫(1936年→1967年改訳)を出すと、栞の位置から第二章を読み終えたとこで
中断したままと判る(^_^;) 付箋が数箇所に貼られていたけど、次の台詞、読点に違和感がある(@_@;)

    「笑いで友情が始まるのはまんざら悪くないさ、そして笑いで友情が終れば
    願ってもない話なのだが、」ひなぎくをもう一本つみとりながら、若い貴族はいった。

【読んだ本】

小林保治&増古和子(校注・訳)『新編日本古典文学全集50 宇治拾遺物語』(小学館,1996)

藤原清輔が歌学書『袋草紙』で、勅撰集『後拾遺和歌集』から漏れた秀歌3首の内の1首に秦兼方の歌を
挙げてたと書いたが(⇒ https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-01-03 )、川村晃生
&柏木由夫&工藤重矩(校注)『新日本古典文学大系9 金葉和歌集 詞花和歌集』(岩波書店,1989)に
載っている同歌と、川村&柏木による同歌の大意を、改めて引いておく(^^)

    去年[こぞ]見しに色もかはらず咲きにけり花こそ物はおもはざりけれ

      昨年見たのと、色も変わらないで咲いたことよ、花というものは
      悲しみなどというものを思わないのだなあ。
    
図書館から借りて読んでいる『宇治拾遺物語』、「十 秦兼久、通俊卿の許に向ひて悪口の事」という
説話(本書42~44頁)が面白かったので、本書の「現代語訳」を引きつつ、要約メモ(^^) ちなみに、
43頁の頭注一〇にも「・・・ここは兼久ではなく、その父の兼方であるべきところ。」とあるように、
この説話の「秦兼久」は秦兼方の誤記か^_^; では、要約メモ開始ウキウキ♪o(^-^ o )(o ^-^)oワクワク♪

藤原通俊が『後拾遺和歌集』を選んでる時に秦兼久が自分の歌も勅撰集に入るかと思って訪ねてきて、
色々と話をした後、「どんな歌を詠んだのか」と訊ねられ、次のように前置き(42~43頁)した上で、
上述の「去年見しに」の歌を披露する(^^)

    「たいした歌もございません。後三条院がおかくれになってから、円宗寺
     [=後三条天皇の勅願寺]にまいりましたが、桜の花の匂うばかりの美しさは
     昔と少しも変りませんでしたので、こんなふうに詠みました。」

これに対し、藤原通俊は次のようなケチ(43頁)をつけ、この「去年見しに色もかはらず咲きにけり
花こそものは思はざりけれ」という秀歌をあまり褒めなかった( ̄◇ ̄;)エッ!?    

    「かなりよく詠めている。ただし、けれ、けり、けるなどということは、
     あまり感心できない言葉である。それはまあそれとして、
     『花こそ』という文字は、女の子などの名につけるような言葉だ。」

秦兼久は言葉少なに席を立ち、侍たちのいる所に立ち寄って、以下の批判(43~44頁)を展開\(^o^)/

    「ここの殿は少しも歌のことをご存じない方ぞ。こんな未熟な人が撰集の勅命を
     承っておられるとはあきれたことだ。

秦兼久は、四条大納言藤原公任の有名な歌「春来てぞ人も訪ひける山里は花こそ宿のあるじなりけれ」
https://yomubeshi-yomubeshi.blog.so-net.ne.jp/2019-01-01 )を引くヤッタネ!!(v゚ー゚)ハ(゚▽゚v)ィェーィ♪

    四条大納言の歌に、

     春来てぞ・・・・・・(春が来てから初めて人も訪ねて来る山里では、桜の花こそ
     宿のあるじのようなものだ)
    
    と詠んでおられるのは、すぐれた歌として[勅撰集『拾遺和歌集』にも選ばれ]世の人に
    もてはやされているではないか。その歌に『人も訪ひける』とあるし[「ける」に傍点]、
    また、『宿のあるじなりけれ』[「けれ」に傍点]とあるではないか。『花こそ』と私が
    詠んだのは、その歌と同じ使いようであるのに、どうして四条大納言の歌はすぐれていて、
    この兼久めのは悪いというのか。こういう人が撰集を仰せつけられて撰にあたられるとは
    あきれたことだ」

秦兼久の退出後、侍が藤原通俊のもとへ行って上記批判を報告すると、藤原通俊は頷いて、次のように
語った由(44頁)(^_^;)

    「そうだった、そうだった。もうそれは言うな」

当時から評判が悪い藤原通俊はバカチンだし、秦兼久(⇒兼方)には特製「花こそ」座布団だな(^_^;)

この話は、『袋草紙』(藤岡忠美[校注]『新日本古典文学大系29 袋草紙』[岩波書店,1995])だと
通俊曰く〈・・・「こそ」という字不快なりと云々。〉、『今物語』(三木紀人[全訳注]『今物語』
[講談社学術文庫,1998])だと通俊は〈「花こそといへるが、犬の名に似たる」と難じける・・・〉
といった程度で、メチャクチャ短いし、やはり『宇治拾遺物語』の話の方が面白かったね(〃'∇'〃)

三木・前掲書の同逸話の〈解説〉は「『讃岐典侍日記』『袋草紙』『宝物集』『顕昭陳状』『宇治拾遺
物語』『撰集抄』に見える有名な逸話。」という書き出しなんだけど、森本元子(全訳注)『讃岐典侍
日記』(講談社学術文庫,1977)で見る限りでは、この歌が紹介されているだけで(ただし、初句が
「去年見しに」から「いにしへに」になっているが)、この逸話は出て来なかったよ(-ω-、)

だけど、三木・前掲書の同逸話の〈解説〉の中の次の件は、凄い洞察だと思いませんかヒィィィィィ(゚ロ゚;ノ)ノ

    三木論文は『宇治拾遺』所載話を取り上げ、その背景に分け入り、後三条院の早い退場に
    よって浮上した[白河院の近臣・藤原]通俊にとって、後三条院を追悼する歌のこの情景、
    特に「花」は通俊や白河院をなぞらえる痛烈な皮肉として映り、歌の巧拙にかかわらず、
    ほめるわけにはいかなかった、と読み解く。
タグ:歴史 和歌 説話
コメント(20) 
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コメント 20

センニン

こんばんは。
『ドリアン・グレイの肖像』は若い頃読みましたね。
細部は憶えてませんが。
ご紹介の訳文の読み点は確かに変。
でもね、グループ名に「。」を付けるのがあるではないですか。
あれは困りますね。
by センニン (2019-01-07 20:10) 

middrinn

他の付箋を貼ったところでも、〈「そうだよ、」ヘンリー卿は語りつづけた、
「それが人生の大いなる秘密のひとつなのだよ―――・・・。」〉となってて、
気になります(@_@;) 句読点が付いてる以上、引用時に付けますけど(^_^;)
by middrinn (2019-01-07 20:26) 

センニン

追記です。
つい「読み点」と書いたのですが、会話では「とうてん」と発音すると通じないのでこう言い換えています。(それでも通じない人もいますが)
「―――・・・」もかなり変ですね。
思うに活字を拾わないで印刷物ができてしまいますし、編集者も感度が低いのかもしれませんね。
by センニン (2019-01-07 21:19) 

enokorogusa

和歌そのものだけでなくその背景なども含め和歌三昧で楽しまれているご様子、うらやましいです(^^)
自分はなかなか古典を楽しむ時間が取れず・・・。
忙しいからと自分に言い訳するも、結局は意志薄弱なだけか?(^^;)
by enokorogusa (2019-01-07 21:20) 

middrinn

「―――・・・」は、「―――」は原文の一本の線を再現しようとしたものでして、
「・・・」は引用が長くなるので原文を省略した記号ですm(__)m ついでですけど、
センニン様、原文に「・・・」がある場合は「・・・・・・」と拙稿は表記(^_^;)
by middrinn (2019-01-07 21:25) 

middrinn

同話・類話が他の古典に載っていて、注釈書で読み比べると、それぞれの作品において
長年積み上げられてきた研究があり、その成果の美味しいとこを食べてる感じです^_^;
enokorogusa様は小林陵侑選手の快挙の解説という大事な務めを最優先しないと(^^)
by middrinn (2019-01-07 21:35) 

ニッキー

痛烈な皮肉として映ったら、確かに褒められませんよねぇ(´・_・`)
秦兼久にその気があればまだしも、
全くそんなつもりがなかったのに深読みされて
勅撰集に入らなかったとすると可哀想すぎる人ですねぇ(⌒-⌒; )
by ニッキー (2019-01-07 22:38) 

ナベちはる

ダーツくじ、今回も残念でしたね…orz
by ナベちはる (2019-01-08 00:14) 

そら

そっかぁ、本を読む時に付箋を貼ればいいんだ!
私、登場人物の名前や人間関係を覚えるのが苦手で(^^;
by そら (2019-01-08 06:00) 

middrinn

三木・前掲書は秦兼久だけが分かってない
と指摘してました(^_^;) 自分の歌が皮肉
と受け取られると気付かなかった秦兼久、
圭太様のような裏表のない人物かも^_^;
by middrinn (2019-01-08 07:51) 

middrinn

オレの胸で泣け!と言ってよ!
ナベちはる様ヾ(`◇´)ノ 楽天は
買い物するなと言うのか(+_+)
by middrinn (2019-01-08 07:53) 

middrinn

登場人物一覧とか無い作品の場合は、人物説明的描写のとこに、
そら様も付箋を貼ると便利ですよ(^o^)丿 小生やってます(^^)
by middrinn (2019-01-08 07:55) 

えくりぷす

電車で『ドリアン・グレイの肖像』の文庫本を読んでいるおじいさん、なんか良いなぁ。
通俊卿は政治的判断をしたわけですね。私、途中までは、下川某という旅行作家が「なのだ」「なのである」を多用していて、嫌気が差したのを思い出していましたよ(;^_^A
by えくりぷす (2019-01-08 10:09) 

middrinn

表紙カヴァーそのままに読んでるとこは小生的には減点でしたけど(^_^;)
仰る通り藤原通俊は白河院の気持ちを〝忖度〟したのかもしれませんけど、
白河院が源俊頼に命じた勅撰集『金葉和歌集』に秦兼方の当該歌は入って
ますから、通俊の過剰反応かと^_^; 下川裕治は未読です_φ( ̄^ ̄ )メモメモ
by middrinn (2019-01-08 10:31) 

mimimomo

こんにちは^^
電車でお隣に座った人が何を読んでるかなんてよく見えますね~
middrinnさんは首が長い? わたくしはド近眼で眼鏡が合っていないせいか
見えないです。
本に付箋、よく張ります。でも滅多に読み返すことしないのですけれどね(-。-
by mimimomo (2019-01-08 13:28) 

爛漫亭

『ドリアン・グレイの肖像』の書きだしの場面は、
読んでいて気分が良い描写で、引き込まれますね。
by 爛漫亭 (2019-01-08 14:30) 

middrinn

後から座られカバンから取り出された時の表紙カヴァーを
横目のみどりんは決して見逃しませんぜ(¬。¬ ) 眼鏡は、
mimimomo様、ちゃんと合わせないと、肩や首が(+_+)
本への付箋は色々と書き込むのにも便利ですよv( ̄∇ ̄)
by middrinn (2019-01-08 16:20) 

middrinn

爛漫亭様にそう言われると、読み始めたくなります(〃'∇'〃)
木原武一『要約 世界文学全集Ⅰ』(新潮文庫,2004)にも、
やはり『ドリアン・グレイの肖像』は入ってました(^_^;)
by middrinn (2019-01-08 16:25) 

ワンモア

平安の人は歌を詠むのが政治だったというのは井沢元彦氏の書籍でしたかね。「縁起でもないことを言うな」というのは日本人独自の感覚?今度ベトナムの子に聞いてみようと思ってます^^
by ワンモア (2019-01-09 20:19) 

middrinn

井沢元彦は随筆を一本読んだきりで、著書は未読です(^_^;)
和歌が出世の手段といった社会的機能は有名ですねぇ(^_^;)
by middrinn (2019-01-09 20:40) 

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